"本当の家主" 第10話
しい静寂ので掴んだ真の自と静かな微笑み
季節は移り変わり、にの澄んだ空気が満ちる頃。
都のターミナル駅から私鉄で駅ほどれた閑静な宅にある、セキュリティ万全のマンションのに、のり子のしい暮らしがあった。
当たりの良いリビングには、自分が本当に気に入って買い揃えた欧調のさな製ダイニングテーブルと、成りのファブリックチェア。過剰な広さはないが、どこを見渡しても自分の好きなものだけに囲まれた、凛とした清潔な空だった。
午半、仕事を終えて帰宅したのり子は、玄関で靴を揃え、部のかりを灯した。
「ただいま」
静かな部に、自分の声だけが柔らかく響く。
返事をする者は誰もいない。しかし、かつて自分を怯えさせていたあの「孤独の恐怖」は、今ののり子の胸のどこを探しても見当たらなかった。
誰かの嫌を窺ってビクビクする必もない。が散らかしたゴミの悪臭にを抱えることも、夜に理尽な命令を受けて台所につこともない。この部にあるすべての静寂は、自分自が自分ので稼ぎ、守り抜いた、正当な尊厳の証だった。
キッチンにち、お湯を沸かして温かいハーブティーを淹れる。
シンクのに置かれているのは、自分が朝使ったマグカップつだけ。
広告
スポンジでさっと洗えば、秒でピカピカに片付く。
テーブルに腰掛け、湯気のつカップを両で包み込みながら、のり子は元に届いた郵便物に目を落とした。
弁護士を通じて届いた、婚成の公正証と、戸籍の謄本だった。
誠との法な婚姻関係は完全に解消され、のり子の姓は旧姓へと戻っていた。誠は会社を無断欠勤による懲戒解雇となり、そのは雇いの派遣労働を転々としているらしいが、のり子のにはもう何の関係もない。彼らがどこで飢えようと、どのようにいがみって自滅しようと、それは自らの傲と怠惰が招いた必然の結末だった。
のり子は引きしの奥から、さな包を取りした。
未来産の担当者が、引き渡しの際に「処分するに、のため」と届けてくれた、あの真鍮の表札だった。
『 誠・のり子・かよ・美』
指先でその文字をなぞる。
かつて、このつの名にしがみついていた自分。になるのが怖くて、族という実体のない記号にすがり、自らのと尊厳を削り取って差しし続けていた過の自分。
「……もう、終わりね」
のり子はちがり、部の隅のゴミ箱へ向かった。
迷いは、爪の先ほどもなかった。
カラン、と乾いたい音をてて、真鍮のプレートがゴミ袋の底へと落ちていった。
袋のをに固く結び、度とほどけないように縛りげる。
過の呪縛は、完全にゴミ箱の底へと沈んだ。
窓をけると、の澄み切った夜空に、無数のが凛として輝いていた。たい夜が頬を撫でるが、体はしも寒くなかった。
も、自分のために目覚め、自分のために働き、自分のでを歩んでいく。
に寄することなく、誰かに依することもなく、自分の志で切り拓いた静かなので、のり子はからの、穏やかでい微笑みを浮かべた。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
現地払いの還暦旅行
旅行会社に勤める弘志は、義父の還暦祝いに伊豆の高級ホテルを手配する。ところが旅行当日、義父母と義姉、さらには妻の優希までが、駅で「お前はもう帰れ」と弘志を追い返した。 屈辱をこらえて帰宅した弘志のもとに、妻から不可解なメッセージが届く。一方、義家族はホテルで高級料理や酒、エステを次々と注文していた。 しかし彼らは、旅行のしおりに記された重要な支払い条件を見落としていた。チェックアウトの日、彼らを待ち受ける驚愕の請求と、妻が隠していた秘密とは――。人生逆転|兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|絶縁|修羅場2.8万字5 0 -
完結第15話
親族会議で追放された妻――翌朝、七枚のカードが全停止
七年間、夫の翔平と宮田家を陰で支え続けてきた神崎紗良。しかし親族会議の席で、夫から突然離婚を宣告される。 「慰謝料も財産分与もなし。一円も持たずに出ていけ」 義父母や親戚からも見下された紗良は、反論することなく離婚届に署名し、屋敷を去った。 ところが翌朝、翔平の七枚のブラックカードがすべて使えなくなる。続いて二軒の豪邸に届く契約終了通知、銀行からの融資見直し。 実は宮田家の誰も、紗良の本当の正体を知らなかった。九十九件もの着信を重ねた元夫が、最後に突きつけられる真実とは――。裡切られた|嫁姑|夫婦|金銭問題1.9万字5 0 -
完結第14話
同窓会でビールを浴びた私に、51人の男が最敬礼
中学卒業から十五年。貧しい母子家庭で育ち、いじめに耐えてきた梅本瑞江は、故郷の同窓会に姿を現した。上品な大島紬をまとった彼女を見て、かつてのいじめの主犯・熊切勢子は激怒。友人の借金を盾に保証人になるよう迫り、ついには瑞江の頭からビールを浴びせてしまう。 さらに勢子は、暴力団組長である夫の力を使い、瑞江を脅そうとする。しかし、連れ込まれた奥の宴会場で、誰も予想しなかった光景が待っていた。 十五年前に見下されていた少女が隠していた、驚くべき現在の姿とは――。人生逆転|真相|第二の人生|修羅場2.0万字5 24 -
完結第15話
「25万円振り込め」と脅す夫へ、私はもう妻じゃない
フリーランスの設計士・美穂は、三年間無職の夫・浩司と同居する義母・富江を、自分の収入で養い続けてきた。感謝されるどころか、夫からは「離婚するぞ」と脅され、生活費として25万円を要求される日々。 ところが、夫の浮気だけでなく、義母まで愛人を家へ招き入れ、亡き父から相続した家を奪おうとしていることが発覚する。 半年間、証拠を集め続けた美穂は、三年前に夫が署名した離婚届を手に、静かな反撃を決意する。しかし、何も知らない夫と義母は、さらに300万円を要求してきて――。怒り|夫婦|金銭問題|修羅場1.8万字5 4 -
完結第16話
「嫁は廊下で寝ろ」私が二度と帰らなかった理由
33歳の藤崎恵里は、夫の母を気遣い、義実家での一年間の同居を受け入れた。しかし、優しかった義母の態度は次第に豹変。洗濯物、食器、私物まで次々と居場所を奪われ、ついには仕事から帰った夜、布団を廊下に出されてしまう。 「嫁はここで寝ればいい」 夫まで義母に味方する中、恵里は静かに家の鍵を置き、二度と戻らないと決意する。実は彼女には、家族が知らないもう一つの顔があった。 翌朝、仙台にいる義父から一本の電話が。そして38年前、同じ廊下で起きた出来事が明らかになり、家族の関係は思いがけない方向へ動き始める。因果応報|嫁姑|夫婦|第二の人生|親子関係|金銭問題2.1万字5 239 -
完結第20話
磨かなかった靴
昭和23年、上野駅前。靴磨きで生計を立てる十三歳の健太は、町の有力者・篠田が差し出した革靴を見た瞬間、磨くことを拒んだ。その踵には、三年前に生き別れた兄と一緒に縫った、忘れられない傷跡があった。 篠田の怒りを買い、仕事場を失った健太は、仲間たちと暮らしを立て直しながら兄の行方を追い始める。ところが調べるうちに、少年たちの年齢を偽った労働書類と、行方不明の兄の不可解な署名が浮かび上がる。 焼け跡の町で、一足の靴を手掛かりに隠された真実へ近づく少年の、勇気と再生の物語。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 124