"昭和62年、国鉄最後の日に駅弁を一つ売らなかった理由" 第20話
駅ので
の初め、私は自分の名でしい注文に判を押した。
《宮原弁当 代表 宮原澄》
良治が横で見ていた。
「字がきいな」
「見やすいでしょう」
「そうだな」
私たちは、必な続きを相談しながら、仕事の形をしずつ変えた。構内営業の名義を引き継ぐ話と、駅ので注文を受ける商売の話は別だ。私は分からないことをそのままにせず、窓へを運んだ。類をくのは得ではなかったが、今度は自分が説を受け、自分で決めたかった。
との帳面を並べると、駅だけで売っていたころより売は減っていた。しい蔵設備の費用も、まだ回収できていない。良治はの維持費を気にし、誠は配送の距を減らす方法を考えている。
「成功したって言えるほどじゃないね」
私が言うと、誠は笑った。
「成功したかどうかは、来の帳面を見てからだよ」
「厳しいこと言うね」
「母さんに教わったんだ」
誠は品卸の会社を続けながら、週末だけの注文管理を伝っていた。国沿いのを借りるは、いったん棚げになった。ただ、を持つことを諦めたわけではないという。
「いつか、ちゃんと数字がう所が見つかったら、俺の名でやる」
「そのときは相談に乗るよ」
「おは?」
「貸すかどうかは、計画を見てから」
で笑った。
広告
フミさんは週の仕事に慣れ、空いたに夫と畑を始めた。美さんは娘の保育園へ提する勤務表を、末に自分でけるようになった。良治はを運転するを減らし、配達の順番を決める役を引き受けた。
誰かが無理をして、見えないところで支えるやり方を、しずつやめていた。
のある曜、私は久しぶりに駅の共同売を見にった。
棚には宮原の弁当が個並んでいた。鶏めしの掛は以と同じ絵柄だが、箱の角を丸くし、ご飯の炊き方を変えた。午まで置く分は、をし控えてある。
「おばちゃん」
振り向くと、矢島直がいた。学ではなく、作業着を着ている。
「どうしたの、その格好」
「曜だけ、父ちゃんのりいのを伝ってる。卒業したら、備の仕事を覚えたいんだ」
「そう。似ってるね」
直は棚の弁当を指さした。
「まだ売ってるんだ」
「しだけね」
「の最の、なんで売ってくれなかったの」
私は苦笑した。
「自分でべたかったの」
「えっ。それだけ?」
「それだけ。でも、初めて列のでべて、直したいところが見つかった」
直は棚からつ取った。
「じゃあ、今のはよりおいしいの?」
「自分で決めて。私は作っただから」
直は弁当を買い、改札の横のベンチに座った。私はしれたところで、待の計を見げた。
広告
しい会社の板ので、列を待つたちがき交っている。
やがて直が戻ってきた。
「ご飯、よりいい。だけど、ごぼうは昔のほうが好き」
私はわず笑った。
「それ、フミさんに伝えるわ」
「るかな」
「ぶとう。あの、そういうこと言ってくれる客が好きだから」
直はを振って帰っていった。
私は売のに残りの数を聞いた。昼の点で個。いつもの曜なら、あと個は売れそうだ。残ったら引き取る。その決まりも、もう怖くなかった。
帰り、駅のバスに寄った。へ向かうバスがまり、女性たちが乗り込んでいく。私はあのの、ここで初めて、駅のに客がいることをった。
バスがると、ろから良治の声がした。
「澄、今は乗って帰るか」
夫は軽トラックで迎えに来ていた。荷台には空の運搬箱が積んである。
「歩いて帰るわ。までそんなにくないもの」
「分かった。じゃあ、先に戻ってる」
良治はをした。
私は商のほうへ歩き始めた。閉まったもある。しくできたもある。通りの向こうには、昔なかったきなが伸びている。
国鉄がなくなったからといって、町が晩で別の町になったわけではない。昨まで駅へ向かっていたが、今はへ向かう。昨まで同じ所で働いていたが、別の駅へ通う。
変化は、毎のさなき先のに現れる。
私は駅の計を見なくても、今の仕事の順番が分かるようになっていた。
に着くと、美さんが次週の注文票を広げていた。
「澄さん、曜、医院から個になりました」
「ありがとう。ご飯の量はいつもどおり?」
「つだけなめです」
「分かった。赤い札をつけておいて」
フミさんが鍋の蓋をけた。鶏肉の煮える匂いがした。
私は割烹着の袖をまくり、帳面のしい頁をいた。
そこには、まだ何もかれていなかった。
私はまず、の仕込み数をいた。
それから、余にさく付け加えた。
《試用 個》
今度は、売れ残したのではない。
これからも作り続けるために、自分でべる個だった。
史実と創作について
本作は、昭62(1987)331に国鉄がその歴史を終え、41にJR各社が発した史実を背景にしたフィクションです。駅弁販売は国鉄代からち売りや売販売など形を変え、民営化には駅構内の商業環境も変化していきました。ただし、民営化によって全国の駅弁が律に営業終したわけではありません。物語に登する森渡駅、宮原弁当、登物、営業条件、駅改装計画、契約や注文の経緯はすべて創作です。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
大正、子守奉公の少女
大正時代、貧しい農家に生まれた十一歳の少女は、「三度の飯」を条件に子守奉公へ出された。赤ん坊を背負う毎日から工場近くの家、東京の屋敷へ。三年分の奉公賃は家族に渡され、働く場所も自分では決められなかった。やがて海を越えて旅順へ渡った彼女は、子どもたちの世話をしながら、文字を覚え、針仕事を学び、少しずつ自分の世界を広げていく。誰かのために働くことしか知らなかった少女は、いつか自分の人生を選べるようになるのだろうか。時代|歴史|真相2.8万字5 61 -
完結第20話
シャッターを切らなかった日
昭和46年、水俣。写真館で働く17歳の村瀬航一は、町の現実を新聞に伝えようと、仕立て屋の橋本夏枝にカメラを向ける。しかし、彼女から「撮らないで」と拒まれた後、以前撮った手の写真が本人の了承なく新聞に掲載されてしまう。その一枚は夏枝の仕事と暮らしに思わぬ影響を及ぼした。工場で働く父、被害を訴える住民、善意で支援する人々。それぞれの事情に触れるなかで、航一は問い始める。人の苦しみを伝えることと、その人の人生を勝手に語ることは、同じなのだろうか。激動の昭和を背景に、写真と人間の尊厳を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.7万字5 57 -
完結第12話
消えた路地の矢印
昭和39年、東京オリンピックを目前に控え、東京の街は急速に姿を変えていた。23歳の標識職人・黒田俊も、新しい道路の案内板を作る仕事に追われていた。ところが工事によって古い路地が封鎖され、診療所へ通う老人や商店の人々が行き場を失い始める。立ち退きを迫られる活版所の親子、変わり続ける迂回路、そして正しいはずの標識に迷わされる人々。時代|歴史|昭和|真相|修羅場2.8万字5 46 -
完結第12話
朝霧湯、最後の暖簾
昭和48年の暮れ。信州の小さな銭湯「朝霧湯」は、石油危機による灯油不足で休業の危機に追い込まれていた。主人の島田正一は、わずかに残った燃料と娘の進学費用を前に、店を閉める決断を迫られる。だが、風呂のない長屋に暮らす老人たちにとって、朝霧湯は欠かせない場所だった。妻の澄子や娘の千絵、商売敵だった銭湯の主人までが動き出すなか、正一は最後の一度だけ湯を沸かすことを考え始める。家族の暮らしを守るか、長年通い続けた客を迎えるか。昭和の町に生きた人々の葛藤と温もりを描く物語。時代|歴史|昭和|第二の人生|介護2.5万字5 161