"昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年" 第18話
さな窓のあと
を畳んでから、さらに数のが静かに流れていった。
町の景から、個経営のさな煙は、潮が引くようにして姿を消していった。
かつては駅までののりに何軒もあった、に面したさな窓。
硝子戸をければ、腰の曲がった母さんがちょこんと座っていて、世話を交わしながら煙を渡してくれた、あの昭の面を残すたちは、次々とシャッターをろしていった。
角のも、駅のも、今やかりの灯るコンビニエンスストアへと姿を変え、軒先には成識別カードを通さなければかない、最式の自販売が無質にち並んでいる。
「分証をお持ちですか?」と械に試される代。
「お兄さん、今も寒いねえ」と声をかけい、顔の皺を見つめって齢を察していたあの頃の温もりは、もはやい昔のおとぎ話になりつつあった。
たまの休に、勇がを運転して様子を見に来てくれる。
孫の健太もすっかり派な社会になり、今やあのさな窓枠のにてば、鴨居にをぶつけてしまうほど背がくなっていた。
「ばあちゃん、ここ、昔は本当にタバコさんだったんだよね」
健太が畳のから、いまは羽目板で塞がれた壁の跡を指差して尋ねてくる。
「そうだよ。
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健太がさかった頃、緒に窓を押しげただろう」
「うん、覚えてるよ。パパが昔ここで宿題をして泣いてたって話、すっごく面かったもん」
横で茶をすすっていた勇が、苦笑いを浮かべてを挟む。
「おい健太、その話はもう勘弁してくれよ。母さんも、いつまで昔のことを蒸し返すんだい」
「いいじゃないか、本当のことなんだからさ」
笑い声が、静かな部を満たしていく。
あの「たばこ」の杉板の板は、結局、粗ゴミにすことはできなかった。
庭の奥の物置の壁に、今も切にてかけてある。
に晒されなくなった代わりに、赤ペンキの文字はさらにれ、今では目を凝らさなければ判読できないほどだ。
けれど、折その板の肌に触れるたび、私は歳だったあのの自分の姿を、鮮にいすのだった。
夫を戦争に奪われ、半になる息子を抱えて、べる米すらなくて途方に暮れていた、あの若きの私。
昼は畑のにまみれ、夜は針穴に糸を通して目を腫らし、未来のなど筋も見せなかったあの頃。
見らぬから「煙をやってみたらどうだい」と声をかけられ、役所へり、夫の戦公報を差しし、さんに頼んで壁を切り抜いてもらった。
そして、恐る恐る窓を押しげ、見らぬ運送さんに最初の箱を渡した。
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ただ、それだけのことだったのだ。
代で巨な財を築いたわけでもない。
世から表彰されるような偉業を成し遂げたわけでもない。
歴史の教科に名が残るはずもない。
それでも――私は、あのさな尺方の枠の窓ひとつを砦にして、夫の遺したたったひとつの命を育てげた。
学へ通わせ、学の制を着せ、い京の学へと送りし、結婚を見届け、そして孫の笑顔を抱きしめることができた。
私のさなのすべてが、あの窓枠の向こう側にあった。
の歳のに、あの窓のを通り過ぎていった無数の々の顔が、馬灯のように浮かんでは消えていく。
名すららぬまま、いつのにか来なくなってしまった員さん。
毎朝気の愚痴を言いっていた、あの懐かしい隠居のお爺さん。
いへと引っ越していった族。
すでに鬼籍に入ってしまった、数え切れない馴染み客たち。
彼らはみな、私のささやかなの物語を彩ってくれた、かけがえのない登物たちだった。
戦争で夫を失ったことを、「あれで良かったのだ」とえたなど、これまでのののでただの度たりともない。
もし許されるなら、あの、夫にはきて無事に帰ってきてほしかった。
息子に父親の逞しい背を見せてやりたかった。
私だって、女つでを削るような苦労などせず、夫のに寄り添って穏やかにきていきたかった。
けれど――起きてしまった歴史を巻き戻すことなど、誰にもできない。
だから私は、あの焼け跡のような絶望の続きを、ただ懸命にきた。
それだけだった。
国の救済制度があった。
役所のが窓で背を押してくれた。
町の々が毎朝買いに来てくれた。
母が幼い息子を見守ってくれた。
そして、息子自が真っ直ぐに育ち、私を支えてくれた。
私でを守り抜いてきたつもりでいたけれど、本当は、数え切れないほどくの々の温かなのひらに乗せられて、かされていただけだったのだ。
の穏やかな午、私は、かつて舗だった畳の引き戸をけた。
いまはただのかり取りの窓に戻ったガラス戸の鍵を、久しぶりにカチャリとした。
両をかけ、ゆっくりとへ押しげる。
カタン。
懐かしい、あのと寸分違わぬ音が響いた。
部のに、川の方から吹き抜けてくる、たくも甘やかなのがすうっと流れ込んできた。
くの沿いを、台の自転がカランコロンと音をててり抜けていく。
あのと、まったく同じ朝の気配だった。
私は窓枠の内側にち、通りを静かに見ろした。
もう、誰も煙を買いには来ない。
「ピースつ」と声をかけてくれるもいない。
それでいいのだ。
この窓はもう、ではない。
ただの、とを通すための、がの窓に戻ったのだから。
けれど――夫を失い、途方に暮れていたあの歳の、私は違いなくこの窓をけることによって、再びこの世界と繋がり直すことができたのだ。
窓の向こうに、いつも誰かがいた。
「おはよう」と返してくれる誰かがいた。
だからこそ、私は孤独に押しつぶされることもなく、を向いて歩き続けることができたのだ。
がしたくなってきた。
私は両をかけ、ゆっくりと枠をろした。
カタン。
静かな音が、部のに優しく霊した。
私はその音の余韻を胸の奥くに抱きしめ、ふっと微笑んで、温かいお茶を淹れるために台所へと歩きした。
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