"年収三千万円の嘘" 第5話
「収千万の医者の子よ」
『あら、ショックで声もないのかしら?』
受話器の向こうで、美が勝ち誇ったように喉を鳴らして笑った。
ショックなど受けている暇はなかった。内科医としての私の脳内では、即座に妊娠週数から受胎受精期の医学な逆算が完していた。
「……妊娠ヶということは、妊娠週から週あたりね。予定から逆算すれば、受胎したのは違いなくヶ以――私と康太の婚姻関係がバリバリに継続していた期ね」
私の淡々とした指摘に、美は瞬言葉を詰まらせたようだったが、すぐにを鳴らしてき直った。
『そうよ、康太くんとのの結晶よ! 婚届に判を押したんだから、今さら何を言っても遅れよ!』
「遅れかどうかは法な解釈によるけれど……それで、わざわざ元妻の私にそれを報告して、何が言いたいの?」
『何って、あなたに結婚式の招待状を送るためよ! お腹が目つのヶに、盛に挙式することになったの。元奥さんのあなたにも、ぜひ特等席で私たちの幸せを見届けてほしいとってね!』
常軌を逸した神経の図太さに、私はりを通り越して呆気に取られた。
普通なら恥じて隠すはずの略奪婚を、あまつさえ妻に見せつけようというのだ。
美は頂になった声で、さらに信じがたい言葉をまくしたてた。
広告
『だって私、収千万円のエリート医師の妻になるんだもの! まりなさん、護師の夜勤バイトで必にいつないでるシングルマザーのあなたとは、もうむ世界が違うのよ。に、これからは毎の養育費を私たちが恵んであげるね!』
……エリート医師?
護師の夜勤バイト……?
あまりの報の錯綜に、私は数秒、本気で考が止した。
「……ちょっと待って。誰が医師なんですって?」
『はあ? とぼけないでよ。康太くんに決まってるじゃない!』
静まり返ったリビングで、私は受話器を握ったまま、井を見げた。
康太が、医師……?
あの、私と結婚してからく定職にも就かず、私の稼いだで昼からパチンコとゴルフに通っていた元専業主夫の男が……?
『康太くん、の病院は激務すぎて体を壊しそうだったから、に主夫になって休養してただけなんだってね。今はもっと条件のいい総病院へ転職するために、複数の病院から引っ張りだこで面接を受けてる最らしいわ。さすが収千万円を稼ぎす敏腕ドクターよね!』
吹きしそうになる笑いを、私は奥歯を噛み締めて必に押し殺した。
確かに康太は、私が医師であることを周囲に々に自するのが好きだった。サッカークラブの保護者たちのでも、医療関係の業界用語をかじってったかぶりをし、まるで自分自が医療界の鎮であるかのような尊な態度を取ることがあった。
広告
だが、まさか再婚相のにまで「自分自が収千万の医師だ」と分を偽っていたとは、にもわなかった。
収千万を稼ぎしていたのは、違いなく私だ。
総病院の内科医としての本に加え、救急救命センターの当直当、専来の顧問料などを算して、源泉徴収票に刻まれていたその額面を、康太はそのまま自分の収として美に横流しして吹聴していたのだ。
『結婚式はね、まりなさんたちのなんかより遥かに豪華な、都内の超流ホテルでやる予定なの! 友代表のスピーチも、ぜひまりなさんにお願いしたいわ。元妻からのお墨付きをもらえれば、親戚への最の見せびらかしになるしね!』
私を徹底に惨めな敗者としていたぶり、自らの優越の踏み台にしたいという浅ましい欲望が、話からダダ漏れになっていた。
普通なら受話器を叩きつけるところだろう。
だが、私の胸の奥で、徹な復讐のスイッチが静かに音をてて切り替わった。
「分かったわ。んで席させていただくわね」
『……え? 本気で来る気?』
美の声に、予の反応に対する揺が微かに混じった。
「もちろんよ。友代表のスピーチも、責任を持って務めさせていただくわ。楽しみにしているわね」
話を切り、スマートフォンの録音終ボタンを押した。
医師という職業柄、な医療事故や患者トラブルを防ぐため、私の端末はすべての通話が自録音される設定になっている。
受話器越しに記録された美の甲い自の音声ファイルを、私は即座にクラウドのバックアップフォルダへと保した。
「お母さん、誰からだったの?」
お呂からがってきた健太が、濡れた髪をタオルで拭きながら議そうに聞いてきた。
「お父さんの、しい結婚相の美さんよ」
「えっ……あのおばさん、お父さんと結婚するの?」
「ええ。それでね、お父さんのことを『収千万のすごいお医者様』だとい込んでるらしいのよ」
健太はぽかんとをけ、数秒の静寂の、ゲラゲラと腹を抱えて笑いした。
「あははは! お父さんが医者!? 邪引いたときに体温計のメモリもまともに読めないのに!? なんて健康診断のしか着たことないじゃん!」
「そうよねえ」
私もつられて声をして笑った。
嘘で塗り固められた砂の楼閣のに、あいつらは体どんな結婚式を建てるつもりなのだろうか。
破滅へのカウントダウンが始まったことを、私は確信していた。
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
二人きりのはずだった旅行
結婚以来、義母のわがままと、それを当然のように受け入れる夫・俊也に振り回されてきた由香。二人きりの結婚記念日旅行まで義母に台無しにされた翌年、夫は「今度こそ二人だけで行こう」と約束する。ところが出発当日、玄関には大きな旅行鞄を抱えた義母の姿が。「家族なんだからいいだろ」と開き直る夫に、由香は思い切った行動に出る。人生逆転|嫁姑|夫婦|金銭問題3.0万字5 49 -
完結第20話
娘の披露宴に新郎側が全員欠席――清掃員の夫が動いた
一人娘の紗良が待ち望んだ結婚式。しかし披露宴当日、新郎側の42席はすべて空席だった。ようやくかかってきた婚約者からの電話には、「結婚なんて冗談だ」という声と、清掃員の父を見下す家族の笑い声。泣き崩れる娘を抱きしめる母・千尋の隣で、いつも穏やかな夫・涼一が静かに言った。「あの一族は、もう切る」。翌朝から、新郎一家の電話が鳴りやまなくなる。三十一年間、黙々と床を磨いてきた夫には、家族さえ知らない一面があった。あの一言には、いったいどんな意味が隠されていたのか。因果応報|人生逆転|夫婦|第二の人生2.7万字5 120 -
完結第18話
昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年
昭和27年の春。戦争で夫を亡くした三十歳の女性は、八歳の息子を育てるため、自宅の一角に小さなたばこ屋を開いた。初めて売れた一箱のピース。窓の横で宿題をする息子。毎朝やってくる常連客。決して楽な暮らしではなかったが、小さな窓の向こうには、いつも誰かの声があった。やがて息子は成長し、町には自動販売機が増え、馴染みの客も一人、また一人と姿を消していく。そして開店から五十年、彼女は店を閉める決心をする。時代|歴史|昭和|夫婦3.7万字5 26 -
完結第20話
「子なし」と笑われた私に、姪が吹雪の夜に土下座した
43歳の望は、子どもがいないことを理由に、義兄夫婦から嫌味を言われ続けていた。そんな望を慕ってくれるのは、8歳の姪・メイ。しかし正月の夜、猛吹雪の中、幼い妹を背負ったメイが望の家を訪ねてくる。「三千円だけ貸してください。大きくなったら返します」そう言って床に頭を下げる少女。事情を聞いた望と夫の剛は、義兄夫婦が隠してきた恐ろしい実態を知る。因果応報|人生逆転|嫁姑|第二の人生|絶縁1.9万字5 96 -
完結第10話
赤ワインの余興
義妹・真由美の結婚披露宴で、突然赤ワインを浴びせられた美桜。義母も親族も「ただの余興」と笑い、夫の達也まで美桜を責め立てる。 結婚して三年。貧しい嫁だと見下され、家族の言いなりになってきた美桜だったが、実は誰にも明かしていない秘密があった。 しかも、名門病院の跡取りとの結婚を喜ぶ義妹には、恐ろしい裏の顔があった。美桜の手元には、披露宴前夜に録音された決定的な会話が残されている。 華やかな祝宴の裏で進む金と欲望の企み。美桜が静かにスマホを取り出したとき、すべてが動き始める。因果応報|人生逆転|兄弟姉妹|第二の人生1.9万字5 100 -
完結第10話
母の農地を狙う夫と離婚――元義母が見た光景
母が女手一つで守ってきた農地を、会社の借金の担保に使いたい。夫・明の身勝手な申し出を拒んだ奈津美は、義母からも実家を見下され、ついに離婚を決意する。故郷へ戻った彼女は、農作業のためにビニールハウスの隣に仮住まいを設けるが、噂はいつしか「家もなく、ハウスで寝泊まりしている」と広まってしまう。元嫁の転落を喜ぶ義母は、その惨めな姿を見ようとわざわざ訪ねてくる。しかしその頃、奈津美は農家仲間と新たな挑戦を始めていた。再会の日、元夫と義母が目にした光景とは――。因果応報|人生逆転|夫婦|相続|親子関係|金銭問題1.3万字5 83 -
完結第15話
認知症の父を選んだ私を捨てた夫、5年後の再会
「俺と、あのボケた親父。どっちを選ぶんだ?」 認知症と診断された父を支えようとした都子は、夫の一郎から離婚を突きつけられる。長年の夢だった洋食店の継承も難しくなり、介護と生活に追われる日々。それでも地域の支援を頼り、父の料理を生かした新しい仕事に挑戦する。 五年後、介護事業者の交流会で元夫と偶然再会。若く美しい社長の妻と子どもがいると自慢する一郎だったが、都子は彼が指さした女性をよく知っていた。嫁姑|夫婦|親不孝3.1万字5 575 -
完結第11話
倒産寸前の事務所が雇った、子連れ清掃員の正体
倒産寸前の「桐生デザイン事務所」に、五歳の娘を連れた清掃員志望の女性・高瀬さち子が現れた。履歴書には、東大大学院修了、一級建築士、大手設計事務所の元チーフという驚くべき経歴。しかし彼女は、二度と設計の仕事には戻らないと言い張る。娘の何気ない一言をきっかけに、事務所に小さな転機が訪れるが、さち子は図面に触れることさえ恐れていた。彼女が三年前に失ったものとは何なのか。そして、過去の事故に隠された真実とは。再起をかけた小さな事務所の逆転劇が始まる。職場逆転|人生逆転|第二の人生1.6万字5 269 -
完結第20話
60日間見舞いゼロの夫、退院した妻に600万円を要求
突然の心臓病で緊急手術を受け、生死の境をさまよった美桜。六十日間の入院中、夫も義母も義妹も一度として見舞いに来なかった。届くのは、義母への月六百万円の送金を催促する連絡ばかり。家族だと信じて尽くしてきた美桜は、ついに夫との決別を決意する。しかし剛田家の人々は、美桜の本当の素性も、自分たちの会社や豪邸が誰によって支えられているのかも知らなかった。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|金銭問題2.4万字5 1286