みかん小説
本棚

"年収三千万円の嘘" 第13話

もうのに振り回されない

婚から半のが流れた初、健太の学の運会で、私はいがけない物と再会することになった。

午のプログラムが終わり、保護者席の方で麦茶のポットを片付けていた、背から控えめな男の声がかけられた。

「……まりな」

振り返ると、そこにっていたのは康太だった。

かつての綺麗なブランド物のシャツや入れされた髪型は跡形もなく、量販のくたびれたポロシャツにジーンズ姿。焼けした肌にはい疲労のが刻まれ、頬の肉が落ちて実齢よりも歳以老け込んで見えた。

事に「父親として、息子の学最の運会をくから見学したい」と弁護士を通じて連絡が入っており、健太自も「見に来るだけなら別にいいよ」と承していたため、私はち入りを拒絶しなかったのだ。

「……お久しぶりね。健太の徒競、見てくれた?」

私が努めて平静なトーンで声をかけると、康太は驚いたように目を丸くし、それからぎこちなく頷いた。

「あ、ああ……等賞だったな。あいつ、が速くなったな……」

気まずい沈黙が流れた。

かつての私なら、この男のみすぼらしい姿を見て、胸の奥で嘲笑が湧きがるか、あるいは過の裏切りに対するりが再燃していたかもしれない。

けれど、議なほど、私のは凪のように静まり返っていた。

広告

りも、憎しみも、勝利の優越も、未練も、何つ湧きがってこない。

ただそこにいるのは、私のの過のページに期だけ登し、すでに役割を終えて退していった、名もなき「通りすがりの」に過ぎなかった。

「……向こうの活は、順調なの?」

私の何気ない問いに、康太は自嘲するように元を歪めた。

「順調なわけないだろ。毎朝から晩まで配送トラックを転がして、取りのほとんどは親への返済とおへの慰謝料で消える。美とは毎のことで鳴りいだ。あいつ、子どもを実に預けてファミレスの夜バイトに始めたよ……」

「そう。体だけは壊さないようにね」

康太がすがるような目で私の顔を覗き込んできた。

「……なあ、まりな。お、本当に俺のことが憎くないのか? もっと罵倒されたって文句は言えないのに、なんでそんな普通に喋れるんだよ」

私はしだけ首をかしげ、自分の胸の奥の静寂を確かめるように答えた。

「憎むというはね、相に対してまだ何らかの期待や執着が残っているからこそ湧くものなのよ。今の私にとって、あなたたちが幸せになろうと幸になろうと、私の毎の豊かさには何の響もないの。私の世界から、あなたのが完全に消えただけよ」

康太の瞳に、絶望に似た寂寥が広がっていった。

広告

鳴られることよりも、酷な正論で断罪されることよりも、「完全に無関な」として扱われることこそが、にとって最の罰なのだということを、この男は今さらいらされたのだろう。

「……悪かったよ、まりな。本当に、俺が全部違ってた」

蚊の鳴くような声で吐きされた謝罪に、私はさく息を吐いた。

「ええ、本当に酷い裏切りだったとうわ。でも、今さらその謝罪を受け取って『いいのよ』なんて許す気はないし、過を蒸し返す気もないわ。私は私のをきるのに忙しいの」

庭のスピーカーから、午の騎馬戦の始を告げるアナウンスが響き渡った。

「お母さーん! 子どこー!?」

赤を振り回しながら、テントの向こうから健太が元気にを振ってってきた。

「ここにありますよ! しっかり顎紐結びなさい!」

私は康太に軽く会釈を残し、度も振り返ることなく、あふれる庭へと駆けしていった。

背に残された男のが、のい陽射しのにさく溶けていくのをじながら。

許す必などない。

忘れる必もない。

ただ、過の傷跡に自らの未来を支配されることを拒絶し、自分の両でを向いて歩き続けること。

それこそが、理尽な裏切りに対する、最も完全で誇りき「勝利」なのだと、私は確信していた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: