みかん小説
本棚

"赤飯を炊いた朝" 第6話

ていく

「くことにした」

の終わり、夕飯の席で私は言った。昭吉は箸を止め、は黙って私を見た。

「佐伯品に、から勤める。倉の寮に入るけん、週末だけ帰る」

「は?」と昭吉が聞いた。

「朝の営業はやめる。昼だけ、今いっぱいで終わりにするつもり」

「俺には何の相談もなしか」

「相談したら、くなって言うやろ」

「当たりたい。俺の仕事がなくなるときに、女までをていくとは」

「だから、私が働くんよ」

昭吉の顔が赤くなった。

「俺が養えんと言いたいとやな」

「そんな話じゃない。で暮らすがるんよ」

「? は自分で働いとる。子ももうすぐ卒業や。俺たちなら、なんとかなる」

子が箸を置いた。

「私、卒業したら学へきたい」

昭吉は娘を見た。子は目をそらさなかった。

「護婦の学。お母ちゃんには話した。試験を受けたい」

「今は無理たい」

「無理なら、何がりんのか教えて。何もわからんまま諦めたくない」

昭吉は何も言えなくなった。私は初めて、娘が父親に向かって自分の希望を最まで言うのを聞いた。

翌から、を閉める準備を始めた。器を減らし、残っている仕入れを使い切る献を考え、ツケのあるを軒ずつ回った。

払えるは払ってくれた。銭を数えて渡すもいた。払えないには、いつまで待てるか正直に話した。

広告

あるでは、奥さんが自分の羽織を質に入れようとしたので、私は慌てて止めた。

「そんなことせんで。おができたらでよか」

「でも、まつやさんも閉めるんでしょう」

「閉めるからって、今すぐ取りてに来たわけじゃなかよ」

私は帳面に付だけいた。を続けるために、もうできない約束をしないこと。それだけは決めた。

を閉めるとらせてから、はますますでをきかなくなった。ある晩、玄関で靴を磨いている息子に、私は弁当を持たせようとした。

「もうよか。向こうへったら、自分で用するけん」

「まだくまでがあるやろ」

「練習たい」

は弁当箱を受け取らなかった。私は流しに戻り、空の箱を洗った。息子が自分で飯を用できるようになるのは、ばしいことのはずだった。それなのに、胸のあたりが落ち着かなかった。

翌朝、の部から焦げた匂いがした。さな鍋で飯を炊こうとして、を入れすぎたらしい。私が戸をけると、は慌てて蓋を押さえた。

「見らんで」

「をめんと、底だけ焦げるよ」

「わかっとる」

私はそれ以をさなかった。しばらくして、焦げた飯を茶碗によそう音が聞こえた。

最の営業、客はったより来た。久しぶりのもいて、皆が同じことを言った。

「本当に閉めるとね」

「うん。しばらくは」

「寂しくなるな」

広告

その言葉を聞くたび、私は嬉しいような腹たしいような気持ちになった。週には誰も来なかったのに、閉めると聞くとが集まる。けれど、来てくれるだけでが続けられるわけではなかった。

夕方、富子が戸にった。には洗いがったい掛けを持っていた。

「これ、に預かったままやったけん」

「ありがとう」

富子はのを見渡した。壁の献札をした跡がく残っていた。

「本当にていくんやね」

「週末には帰るよ」

「私には、そんなく先なか」

「富ちゃん」

「わかっとる。あんたが悪いわけじゃなか。でも、赤飯のことはまだ許せん」

「うん」

「うちの健、別の坑の面接に落ちた。くんは受かったって聞いたよ」

私は驚いた。は何も言っていなかった。

富子は掛けを私に渡した。

「健は、くんのことを妬んどる。私は、そんな息子を叱れん。だから今は、あんたの顔を見るとつらか」

私は富子を引き止めなかった。昔のように戻ろうと言うのは簡単だった。でも、今の富子にとって、その言葉は何の助けにもならない。

の朝、私は呂敷とさな鞄を持って駅へ向かった。昭吉は見送りに来なかった。子が改札まで荷物を持ち、は駅で待っていた。

「面接受かったとね」

私が聞くと、はうなずいた。

「来から、隣県の坑へける」

「そう」

「母ちゃんが嫌がっても、くけん」

私は息子の顔を見た。頬の傷は、坑内で働き始めたころについたものだった。

「わかった。でも、体だけは事にして」

はし拍子抜けしたような顔をした。

「それだけ?」

「それだけ」

列が来た。私は乗り込んでから、窓越しにへを振った。はをげなかったが、子の鞄を持ってやっていた。

倉へ向かう内で、私は初めて、堂をけるを気にしなくていい朝を迎えた。けれど、胸が軽くなるどころか、空いた席がひどく気になった。

私は自分からていくと決めたのだ。それでも、帰る所がそのまま残っているとは、もうえなかった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: