"赤飯を炊いた朝" 第8話
分の米
「お母ちゃん、るなら私にもって」
子が台所へ入ってきた。昭吉のにち、私をまっすぐ見た。
「お父ちゃんだけじゃなか。私がご飯を炊いたもある」
に来ていた男たちは、気まずそうに箸を置いた。私は声を抑えた。
「今はべていってください。話はあとです」
客が帰ってから、米びつをけた。私がるに買った米は、もう分ほどしか残っていなかった。仕入れの支払いも、来週にはある。
「何、こうしよったと」
「先週から」と子が答えた。
「最初はだけやった。仕事がなくなって、におっても居所がないって。お父ちゃんが、お茶でもんでいけって言ったんよ」
「それが、どうして分のご飯になると」
昭吉がをいた。
「腹が減っとる男に茶だけして帰せるか」
「うちだって米を買わんといかんのよ」
「わかっとる」
「わかっとらん。私の料を全部入れても、の借と賃を払ったら残らん。子の学費もる。だって、向こうで部を借りるんよ」
昭吉は黙った。私は言いすぎたとったが、もう止まらなかった。
「私がツケを断れんかったとき、あんたは『商売がや』って言ったやろ。今は自分が同じことしよる」
昭吉は掛けをし、畳のに置いた。
「俺は、あいつらと働いた。急に仕事がなくなって、朝からくところもなか。
広告
ここで飯をうくらい、の話をさせてやりたいんよ」
その気持ちはわかった。私も同じ男たちに飯をしてきた。でも、わかることと続けられることは違った。
「それなら、いくらかでももらって。払えんには、できることを伝ってもらおう。野菜を洗うとか、片づけるとか」
「働かせるとや」
「ただ飯が嫌なもおるやろ」
昭吉は何も言わなかった。私はの分の米を量り、に必な額をいた。がべれば、米だけでどれだけ減るか。噌と野菜をすとどうなるか。
子がをのぞき込んだ。
「これなら、円くらいでもししになる?」
「べる量にもよるけどね。おのないには、払えるときに払ってもらう。払えんには、子を直してもらうとか」
昭吉が笑った。
「結局、またツケか」
「帳面につけるだけがツケじゃなか。誰が何をしたか、覚えとけばよか」
翌、昭吉は入にを貼った。
《昼の噌汁とご飯 円。払えない方は片づけを伝ってください》
最初に来た男は、を見て帰ろうとした。昭吉が呼び止めた。
「がなかったら、子の脚を直してくれんか。ぐらついとるのがある」
男は度だけうなずき、に入った。
目には、壊れた樋を直してくれるもいた。米代を払えるほどの売にはならなかったが、なくとも何をしているかは見えるようになった。
広告
ところが、すべてがうまくいったわけではなかった。目には、昼からが増え、用した飯がりなくなった。遅く来た男が「は腹いっぱいわせてくれたやろ」と文句を言い、子が謝った。
昭吉は男のにった。「今はこれで終わりたい。来るなら、先に声をかけてくれんか」。男は舌打ちして帰った。昭吉はしばらく入にっていたが、追いかけなかった。
夕方、私は子から話を聞いた。昭吉は「腹が減っとるを追い返した」と落ち込んでいたらしい。私は夫に言った。
「断ったんやね」
「仕方なか。の分までしたら、子の飯がなくなる」
「そうよ。断ることも、の仕事たい」
昭吉は苦い顔で笑った。私はしまで、同じことができなかった。夫が覚えたのは噌汁の作り方だけではなかった。
私はへ戻るに、昭吉へ言った。
「これは、ずっとは続けられんよ。に炭鉱が閉まったら、もっとが来る」
「そのとき考える」
「それが番怖かとよ」
昭吉は答えなかった。私は円の皿を洗いながら、以の自分も同じ言葉をにしていたことをいした。
帰りの駅で、に会った。しい炭鉱の面接に受かり、見から戻ったところだった。
「父ちゃん、をやりよるんやな」
「うん。困ったもんよ」
は笑わなかった。
「向こうの坑、料は今よりなか。
部代もる。半は試用みたいな扱いで、くおれるかもわからん」
「そうね」
「それでも、俺はく」
「わかったよ」
はホームの端を見た。
「健は、まだ仕事が決まっとらん。俺だけていくのが、ちょっとつらか」
私は息子の肩にを置こうとして、やめた。今のには、慰めより自分で決めるが必だった。
「くに、富ちゃんとこへ顔をしてき」
「うん」
列が入ってきた。は私の提げを持ってくれたが、乗り込むに言った。
「母ちゃん。あの赤飯、俺はまだ嫌いやけん」
「っとる」
「でも、の仕事は頑張ってな」
私はわず息子を見た。はもう別の両へ歩いていった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
「清掃員の面接?」元看護学生が15年後に明かした正体
病気の母を支えるため、看護師を目指していた松田さえ。実習先の総合病院で、院長の娘・服部みな子から理不尽な扱いを受けていた。ある日、さえは入院患者の小さな異変に気づき、医師に報告して命を救う。しかし、みな子はその手柄を横取りしたうえ、悪意のある実習評価で奨学金まで打ち切らせてしまう。夢を奪われ、母にも本当のことを言えずにいたさえ。そんな彼女に、思いがけない人物が手を差し伸べる。そして十五年後、さえはかつて追い出された病院へ戻ってくる。職場逆転|人生逆転|第二の人生1.4万字5 749 -
完結第12話
結婚23年目、35万円を渡した妻が持ち帰ったもの
結婚23年目、妻の三重が久しぶりに山あいの実家へ帰りたいと言い出した。夫は母親との時間を楽しんでほしくて、35万円を持たせて送り出す。数日後、三重が持ち帰ったのは、古い着物とアルバム、そして母親からの一通の手紙だった。封筒には「今まで言えなかったこと」と書かれていた。手紙を読み進めるうちに、夫は妻が長年胸にしまってきた思いを知る。何不自由なく暮らしていると思っていた23年間。人生逆転|夫婦|相続|第二の人生|親子関係1.2万字5 35 -
完結第12話
雪道を走る父の約束
昭和46年12月。東京の運送会社で働く健造は、青森まで荷物を届ける長距離便に出発する。小学二年生の息子・誠に「明後日の晩には帰る」と約束し、手作りのお守りを胸ポケットに入れて、国道4号を北へ向かった。高速道路がなく、休む間も惜しんで走る運転手が多かった時代。雪の峠道、重いハンドル、厳しい納期に追われる健造は、深夜、激しい眠気に襲われる。早く荷物を届けたい。でも、家では息子が待っている。時代|歴史|昭和|親子関係1.1万字5 69 -
完結第12話
終電の次の駅は私の名前――ホームには亡き祖母がいた
都内の広告会社で働く28歳の佐伯美咲は、毎晩のように終電で帰る生活を続けていた。ある夜、車内で目を覚ますと、乗客は自分一人。窓の外に街の明かりはなく、車内放送は駅名ではなく人の名前を告げ始める。停車するホームに現れるのは、亡くなった同級生や懐かしい祖母。そしてついに、放送が美咲自身の名前を呼んだ。右の扉の向こうで手招きする祖母と、姿の見えない運転士。美咲はこの不思議な終電から、元の世界へ帰れるのか。疲れ切った日常に忍び込む、少し切ない怪異譚。日常ホラー|職場逆転|祖父母と孫|第二の人生1.1万字5 138 -
完結第10話
144枚の給与明細
金型の仕上げ職人として20年以上の経験を持つ宮下明。会社の危機を救うほどの腕前を持ちながら、12年間、月給は19万円のままだった。それでも創業者への恩を忘れず、黙々と働いてきた宮下だったが、ある日、専務から突然の配置転換を命じられる。職人としての誇りを踏みにじられ、退職を決意した翌朝、会長が自宅へ駆けつけてきた。「年収1200万円では足りないのか?」――その一言から、会社の金をめぐる不可解な事実が明らかになり始める。職場逆転|第二の人生|修羅場1.7万字5 807 -
完結第10話
消えた卵の秘密
茜の家では、父の再婚相手・美津江が届けてくれる卵が、なぜか毎回なくなっていた。夜中につまみ食いをする夫の陽斗を疑っていた茜だったが、ある日、卵をこっそり持ち出す小学一年生の娘・凛を目撃する。「急に卵が嫌いになった」と泣く娘。しかし、いつもは素直な凛の様子はどこかおかしかった。そんな中、美津江から再び大量の卵が届く。茜は娘のために手作りプリンを用意するが、それを食べた美津江は、材料を聞いた途端に顔色を変えてしまう。娘が必死に隠していた秘密とは、いったい何だったのか。祖父母と孫|真実|真相|第二の人生1.4万字5 668 -
完結第12話
姑から受け継いだしゃもじ
昭和33年、山形の農家に嫁いだ19歳のふみ。見合い相手とは一度会っただけで、夫の家には厳しい姑・としが待っていた。朝4時半から始まる家事と農作業。台所も財布も姑が取り仕切り、ふみに自由はほとんどなかった。夫の出稼ぎ、子どもたちの成長、東京オリンピック、農村の暮らしの変化。長い年月を同じ屋根の下で過ごすうち、ふみは厳しい姑の知らなかった一面に触れていく。嫁として生きた女性が、次の世代へ何を残すのか。時代|歴史|昭和|嫁姑|夫婦1.2万字5 192