みかん小説
本棚

"赤飯を炊いた朝" 第12話

分の切符

昭吉が駅のうどんへ働きにくようになったのは、に入ってからだった。最初は週に、昼の忙しいだけ。皿洗いと掃除が主な仕事で、料はくなかった。

それでも、初めて働いたの夜、昭吉は話で私に言った。

「うどんの将がな、も来てくれって」

「よかったね」

「鍋がか。けど、坑内の支柱よりは軽い」

私は受話器を持ったまま笑った。寮の廊にはほかのもいたので、声を抑えた。

昭吉は週末だけへ帰った。平は倉のい宿に泊まり、うどんへ通った。夫婦で別々の部を借りるのは無駄だったが、寮は族と緒にめない。を探すには敷がる。

、のの持ち主から連絡が来た。炭鉱が閉まり、周囲のも減っているので、来にはを理したいという。契約は度末まで。更は難しい。

「とうとう来たね」

私はを読み、昭吉に渡した。

「も、も、片づけんといかん」

昭吉は堂のを見回した。壁には、が学のころいた字がく残っていた。柱には子の背丈を測った線がある。

「ここで、飯をわせてきたんやな」

「うん」

「俺は、何もらんかった。おが毎、何分の米を研いどったかも」

私は笑ってごまかそうとしたが、うまく笑えなかった。

子は希望調査票をしていた。

広告

州の護婦養成所を受けるつもりだという。学の先が奨学の相談先を教えてくれたが、格すれば制や教科の費用も必になる。

「受からんかったら、働くけん」と子は言った。

「受けるからそんなこと言わんで」と私は答えた。

はしい炭鉱で働き続けていた。末に帰ってきた息子は、以より数がなかった。料がったほど残らず、寮での活も楽ではないらしい。

「母ちゃん、これ」

が封筒を差しした。にはが入っていた。

「子の受験料にして」

「自分の活は丈夫ね」

「りるよ。しずつ貯めとった」

私は封筒を返そうとした。は受け取らなかった。

「俺がしたいんよ。子には、好きなところへってほしか」

「」

「母ちゃん、俺には炭鉱をやめろって言うくせに、子には好きな仕事を選べって言うやろ」

私は言葉に詰まった。

「俺は、今の仕事を自分で選んだ。危ないのはわかっとる。でも、まだ続けたい。嫌になったら、そのとき別のを探すけん」

は封筒を子の机に置いた。

「配するのは、やめんでよか。ただ、決めるのは俺にさせて」

私はうなずいた。息子をからしたくて炊いた赤飯が、いつのにか息子のまで決めようとする気持ちに変わっていたことに気づいた。

子の学では、卒業のが次々に決まっていた。

広告

就職する子は会社の名を教えい、学する子は試験の話をしている。子は自分だけがの事で遅れているようにじ、ある、帰宅するなり鞄を放りした。

「先がね、私の願だけ、もう回見せてって。のは本当に賛成しとるかって聞かれた」

昭吉が顔をげた。「賛成しとるよ」

「なら、学に来て言うてよ」

昭吉は驚いた。私は娘の背を見て、これまでの話を学へ持ち込ませてしまったことに気づいた。

次の休み、昭吉は背広を着て学へった。担任の先に、子が学したいこと、族で費用を考えていることを話した。帰宅すると、昭吉は珍しく疲れた顔をしていた。

「先に、いろいろ聞かれた。卒業したらを伝わせるんじゃないかって」

「何て答えたと?」

「娘のく先は、娘が決めますって」

私は笑った。昭吉は照れくさそうに茶をんだ。

子はその夜、卓に教科を広げた。昭吉が横からのぞき込み、「俺には難しか」と言うと、娘は初めて声をして笑った。族が同じ卓袱台にいて、それぞれ違う仕事や学の話をする。しなら考えられなかったことだった。

がけて、私たちは倉でむ所を探し始めた。駅から歩いて分ほどの古い借が見つかった。台所は狭く、階の部は畳がし傾いていたが、へも昭吉のうどんへも通える。

敷を払うと、貯はほとんど残らなかった。昭吉は「俺の稼ぎがなかけん」と言ったが、私は首を振った。

「今まで、どっちがどれだけ稼いだかなんて、ちゃんと話したことなかったね」

「話さんでも暮らせとったけん」

「これからは、話さんと暮らせんよ」

私たちは卓袱台を挟み、賃と費と子の学費をつずつきした。昭吉は計算が得ではなかったが、逃げずに最まで座っていた。

借の見をしたは、がっていた。根の部に染みがあり、は「になったら直します」と言った。私はすぐには信じず、いつ直すのかにいてもらった。昭吉はその様子を見て、帰りで笑った。

「昔のおなら、さんがそう言ったら、そのまま信じとったやろ」

「のツケで懲りたけんね」

「俺も、約束で仕事を決めんようにせんと」

で賃の話をしていると、何だか婚のころに戻ったようだった。ただし、今度はの話より、漏りと料の話がかった。

佐伯品でも、しい弁当の仕事がようやく落ち着いてきた。私が任されたのは、調理の責任者ではなく、荷に数を確かめる役目だった。は「数がわなければ、がよくても届けられません」と言い、私は毎朝、と箱を見比べた。

最初のころは数え違いが怖くて、同じ箱を度も確かめた。

恵美が「列ずつ札を置けばいいですよ」と教えてくれたので、私はそのとおりにした。失敗が減ると、は別の仕事も頼むようになった。

に帰ったとき、私は昭吉にその話をした。夫は「責任が増えたら、料もがるとよかね」と言った。私は笑って、「今度、聞いてみる」と答えた。なら、仕事を任せてもらえるだけでありがたいとっていた。でも、賃も学費も払わなければならない。働いた分の話をすることは、恥ずかしいことではなかった。

のある、で倉きの切符を買った。昭吉が窓で言った。

「枚」

たったそれだけの言葉なのに、私は妙に嬉しかった。これまでは私が先にき、夫はあとからついてくるとっていた。けれど、そのはで同じ列に乗った。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: