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"初孫の誕生日に締め出された私、翌朝すべての援助をやめた" 第3話

「助かります」の向こう側

由美子が退院してから、私たちの訪問はさらに増えた。産の体を休ませた方がいいと聞いていたし、健も仕事を休めるが限られていたからだ。私は、しばらく息子夫婦のへ通うことにした。

最初のかは、泊まり込むもあった。夜のミルク、洗濯、沐浴の準備、事の支度。私は昔の子育てをいしながら、由美子が眠れるようにできることをした。

由美子は「お母さんがいてくれて助かります」と言った。健も「本当にありがたいよ」とにした。だから私は、疲れをじても、もうし頑張ろうとえた。

ところが、数かもすると、頼まれ方がしずつ変わっていった。

「お母さん、来てもらえますか? 洗剤が切れそうで」

「材もお願いしていいですか? 悠斗を連れて買い物にくのが変なので」

頼みごとは、ひとつずつ増えた。私はそのたびに、買い物の代を払った。由美子が財布をそうとすると「いいよ」と断ることもあったし、最初から私が払うものだとっているようなもあった。

それでも、私は気にしないことにした。おを渡してもらうためにっているわけではない。悠斗の顔を見られるだけで、分だとっていた。

産の事も、私が作ることがかった。煮物や魚、野菜のスープ。由美子がべやすいものを聞き、蔵庫に作り置きを入れて帰った。

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健は忙しいから、帰宅してすぐべられるようにしておけば、とも助かるだろうとった。

「今もありがとうございます。お母さんが作ってくれると、健もぶんです」

由美子はそう言った。けれど、健が私に直接「ありがとう」と言うことはなくなっていた。代わりに、用事の連絡が増えた。

「母さん、、保育園の類を届けてくれる?」

「母さん、帰りにおむつを買ってきて」

「母さん、今も保育料の分を頼めるかな」

最初はな援助のつもりだった。健の仕事が落ち着くまで、由美子が仕事に復帰するまで。そう言いながら、毎の保育料や活費の部を振り込むようになった。

彦と私は、からしずつしていた。の修繕や、自分たちの旅に使うはずだったおも、回しにした。

彦は々、庭の物置をしくしたいと言っていた。古くなった具がに濡れるのを見て、そろそろ買い替えたいと話していたが、そのたびに私は「また今度ね」と答えた。

「悠斗がもうしきくなったら、緒にかけよう」

そう言って、夫婦で考えていた旅も先延ばしにした。

由美子は、私たちがどれくらいの頻度で通っているのか、いくら使っているのかを気にしていないようだった。私が来るを聞かれることはあっても、帰りを配されることはなかった。

「お母さん、は何頃来られます?」

その言葉を聞くたびに、私は頼られているのだとっていた。頼られることと、都よく使われることは、似ているようで違う。けれど、その頃の私は、つを見分けられなくなっていた。

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