"義母の老人ホーム代120万円を勝手に約束した夫" 第1話
結婚の挨拶と値踏みの線
初のが団の階段を吹き抜けていく、私は産の菓子折りを抱え、段段をゆっくりと踏みしめていた。
坂結(ゆい)、歳。医療器メーカー『メディカル』の営業として入社して目。総病院や個クリニックを社用で駆け回る毎は激務そのものだったけれど、売目標を達成し、昇の打診も受けて仕事にきな応えをじていた期だった。
その私が、の交際を経て結婚を決めた相が、事務販売会社で営業をしている同いの宮部翔太だった。
翔太は優しく、穏やかな性格だった。い荷物は当たりのように持ってくれるし、私が残業続きで邪を引いたには、夜にポカリスエットとゼリーを買い込んでアパートまで駆けつけてくれた。
ただつ、付きい始めた頃から気になっていた癖があった。
「うちは親父がくにくなって、お袋がだからさ」
父親は翔太が学に入った直、病気で界していた。母親の幸子(さちこ)さんは、郊にある築以の公団宅でずっと暮らしを続けているという。女つで息子を育てげた母親を気遣うのは、子供として自然な優しさだ。当の私は、そう好に受け止めていた。
「母さん、連れてきたよ」
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翔太が鍵をけて入った団のは、部にさな台所がついた、いかにも季の入った取りだった。畳の匂いに混じって、どこか甘ったるいお線のりがをくすぐる。
居のこたつから顔をげた幸子さんは、柄で、パーマをきつくあてた代の女性だった。
「初めまして、坂結と申します。本はおをいただき、ありがとうございます」
私が丁寧にをげ、デパで選んだ名菓子のクッキーの箱を差しすと、幸子さんは受け取った箱を机の端へすっと横に滑らせた。
そして、品定めをするような鋭い線を私に向け、悪びれもせずにを差ししてきた。
「はい、ご丁寧に。……で、結さん、名刺はあるかしら?」
「えっ……名刺、ですか?」
わず面らって聞き返してしまった。結婚の挨拶で、初対面の義母から番に名刺を求められるとはってもみなかったからだ。
「そうよ。メディカルって、きな病院のレントゲンとか検査の械を扱ってる会社でしょ? 名じゃないの」
私がバッグから名刺入れを取りし、枚差しすと、幸子さんはそれを指先でつまみげ、蛍灯のに透かすようにして凝した。
「営業部、主任……。へえ、営業なの。じゃあ、基本のにも歩とかボーナスがしっかりるんじゃない? うちの翔太より稼いでるんじゃないの?」
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からからと笑いながらの言葉だったが、その目はまったく笑っていなかった。私のなりや靴、名刺の肩きを徹にスキャンし、ので卓を叩いているようなたいが宿っていた。
返答に窮してち往する私の横で、翔太は湯呑みをに持ったまま、気まずそうに俯いているだけだった。
「……母さん、初対面なんだから、いきなりおの話なんか聞くなよ」
翔太がそうを挟んだのは、何秒もの苦しい沈黙が流れただった。
幸子さんはげさに肩をすくめ、名刺をエプロンのポケットへ無造作にねじ込んだ。
「あら、何言ってるのよ。これから族になるんだもの、お互いの台所事くらいっておくのが当たりじゃない。しっかり稼げるお嫁さんが来てくれた方が、うちだってよ」
これから族になるから、財布の事をっておく。
その理屈に、胸の奥でさな棘がちくりと刺さるような違を覚えた。けれど、これから夫婦になろうというめでたい席で、義母と揉め事を起こしたくはなかった。私は曖昧な笑みを浮かべ、そのを何とかやり過ごした。
帰りの私鉄の内、吊り革に掴まる翔太は申し訳なさそうに眉をげた。
「ごめんな。母さん、親父がんでからずっとで苦労してきたから、おのことにし敏なんだよ。
根は悪気のないだから、あんまり気にしないでくれ」
「ううん、丈夫よ。お母さんもで細いんだとう」
私はそう微笑み返した。本当に、その言葉通りに受け止めていたのだ。
しかし、その数週にわれた両の顔わせの席で、母の嫌な予はさらに決定なものとなる。
静岡の実から幹線で京してくれた私の母に対し、料亭の個で幸子さんはビールを注ぎながら、自げにこう言い放ったのだ。
「お母様、うちは片親で何かと変ですからね。結さんみたいに、しっかりしたお料を稼げるお嫁さんが来てくださって、本当にいですわ」
母は微笑みを貼り付けたまま、お箸を持つをピタリと止めた。
顔わせが終わり、京駅の幹線の改札で、母は私のをきゅっと握りしめ、声で真剣に囁いた。
「結、あのお義母さん、ちょっと引っかかるわ。おのことは最初が肝よ。自分がせることとせないことの線引きは、最初からはっきりさせておきなさいね」
「お母さんたら、配性なんだから。翔太もちゃんとしてるし、丈夫だよ」
私は母の配を軽く笑いばした。
あの、母が何を危惧し、何を見抜いていたのか。
痛烈な現実となって私のにりかかるまで、私はまだ、本当の愚かさに気づいていなかった。
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