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"生活費を奪って消えた母、20年後の再会で私が頼んだもの" 第9話

名を呼ばない々

母が嵐のようにっていったあと、部にはい沈黙がりました。

の脚はさらにまり、窓ガラスを激しく叩きつけていました。 私は玄関のに座り込み、握りしめた拳を震わせていました。

父が私の隣にゆっくりと歩み寄り、え切った私の肩に作業着の着をそっと羽織らせてくれました。 械油の匂い。 あののっぽいの匂いを、父の作業着の匂いが綺麗にきしてくれました。

「……美咲。怖かったな」 父のが、私のを優しく撫でました。

「お父さん……私、お母さんにあんな酷いこと言っちゃった……」 声が震えました。

「酷いことじゃない。美咲は、正しいことを言ったんだ。 俺を守ってくれたんだな。……ありがとうな」

父のきなのひらから伝わってくる温もりに、私の張っていた全の力がふっと抜けました。 その夜、父は蔵庫に残っていた貴な卵をひとつ使って、い卵焼きを作ってくれました。 形は揃いでし焦げていましたが、に入れると、ほんのりと優しい甘みが広がりました。

「お父さん」 私は箸を置き、父の目を真っ直ぐに見つめました。

「私、もうあののことを『お母さん』って呼ぶのをやめる」

父は湯呑みを持ったまま、しの沈黙しました。 るでもなく、諭すでもなく、ただ私の決のさを受け止めるように、静かに目を細めました。

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「……そうか。美咲がそう決めたなら、それでいい」

それ以、がの卓から「母」という単語は完全に消えりました。

学の授業で、毎にやってくる『母のの作文』の。 原稿用をにして周りの友達がスラスラと鉛をらせる、私のはピタリと止まっていました。 何をけばいいのか、どれだけ考えてもも浮かばなかったのです。

放課、机のにの原稿用を置いたまま俯く私を見て、担任の先が困ったように声をかけてきました。 そのの夕方、父が作業着のまま学へ駆けつけてくれました。

職員の奥で、父は担任の先にくをげていました。

「先、勝を申しげてすみません。 美咲に、無理に母親の作文をかせるのは免除していただけないでしょうか。 その代わり、庭のことはすべて私が責任を持って指導いたしますので」

の仕事を抜けて駆けつけてくれた父の横顔。 と油にまみれた作業靴。 私は職員の入りで、その背をじっと見つめていました。

帰り、夕焼けに染まるあぜを、父とで並んで歩きました。

「美咲、作文のこと、気にするなよ」 父がを向いたまま言いました。

「みんな、母のにカーネーションをあげるんだって」 私がぽつりと言うと、父はし困ったように笑いました。

「そうか。お父さんは男だから、赤いは似わないな」

「ううん。お父さんは、ご飯も作ってくれるし、洗濯もしてくれるし、私の話を何でも聞いてくれるもん。 だから私、お父さんにあげる」

「俺に?」

「うん。『親の』のおだよ」

父はを止め、目を丸くして私を見つめました。 そして、照れ隠しのように顔を背けると、の甲で目元をゴシゴシと乱暴に擦りました。

「……そうか。ありがとうな、美咲」

夕暮れのが、のを通り抜けていきました。 母親がいなくても、私たちはで、歩ずつ確かにへんでいたのです。

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