"老人ホームの話を聞いた夜" 第9話
いっぱいやれ」と迎え入れてくれた。
岩田が焼酎を注ぎ、正雄のに置いた。
「お帰り、正雄」
その言が、の奥底に温かく広がった。
正雄はグラスを気にあおった。喉が焼けるようにい。だが、そのさとは裏腹に、目から筋の涙が落ちた。
それは72で初めて流す、本物の堵の涙だった。
やがて正雄は、岩田たちの助けを借り、はずれのい丘にあるさな平を購入した。縁側からを見渡せる、静かなだった。
荷物は段ボール5つだけだったので、引っ越しは半で終わった。
朝は鳥の声で目を覚まし、昼は畑仕事を伝い、夕方は縁側で将を指す。
ある朝、隣のから同代の女性がてきた。
「おはようございます。昨お引っ越しされてきた方ですか」
「ええ。鈴と申します」
女性は正雄の顔を見つめ、驚いたように目を見いた。
「もしかして、鈴正雄君?」
正雄も目を凝らした。
い皺と髪の向こうに、懐かしい面があった。
「君は……斎藤子さんか」
彼女は学代の同級であり、正雄が淡い恋を抱いていた初恋の相だった。
「夫が3にくなってね。都会のマンションを引き払って、1でここに戻ってきたの」
子はし寂しそうに笑った。
正雄も静かに答えた。
「俺も妻に先たれて、々あって1で帰ってきたんだ」
2のに、静かな沈黙が流れた。
広告
それは気まずいものではなく、互いの孤独を自然に理解しう温かい沈黙だった。
「じゃあ、私たち、お隣さんね」
「ああ、そうだな」
「これからよろしくね、正雄君」
昔と変わらない優しい笑顔に、正雄のので凍っていた何かが、ゆっくり溶けていった。
あるの、正雄のスマートフォンに由美からメッセージが届いた。
「お父様、ご無汰しております。もうすぐお正ですが、隼がおじいちゃんに会いたがっております。もしよろしければ、1度ご挨拶に伺わせていただけないでしょうか」
正雄は文面を読み、乾いた笑みを浮かべた。
会いたいのは隼ではない。
を失い、活に困り始めた健と由美だろう。
正雄は返信せず、メッセージを削除した。
そしてスマートフォンを置き、縁側から空を見げた。
故郷の空はどこまでもく澄んでいた。
「俺は、俺のをようやくに入れたんだ」
誰に言うでもなく呟いた。
夕焼けが全体を赤く染めていく。
正雄は自分のを、隣の子のを、その向こうに広がる友たちのをおしそうに眺めた。
とは建物ではない。
から帰りたいとえる所のことだ。
そして今、正雄には本当のがあった。
壁には若きの子の写真と、先の祭りで友たちや子と撮ったしい写真が並んでいる。
どちらも、正雄のだった。
これは壮絶な決別の終わりであり、同に本当のの穏やかな始まりだった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
孫の一言で取り戻した通帳
「ばあばの通帳、ママのバッグにいつも入ってるよ」 年金支給日の朝、6歳の孫が何気なく口にした。 嫁の箸が止まり、黒いバッグから緑色の通帳ケースが覗いていた。 2年前、骨折した私に代わり、毎月4万円だけ下ろす約束で預けたものだった。 「今日は自分で記帳してくるわ」 そう告げると、嫁の顔から血の気が引いた。 近所の信用金庫で、1年8か月ぶりに通帳を開く。 4万円だった出金は、いつしか6万、8万、10万円へ増えていた。 そして今日も、私が朝食を取る前に8万円が引き出されていた。 私は何も問い詰めず、キャッシュカードを停止した。 その日の午後、嫁は青ざめて帰宅した。 さらに翌日、ゴミ箱から落ちたATM明細を広げた瞬間――私はその8万円が生活費ではなかったと悟った。人生逆転|祖父母と孫|嫁姑|第二の人生|金銭問題1.6万字5 1206 -
完結第11話
息子に捨てられた母の逆転
「お母さん、今日は少し外へ出ませんか」 息子夫婦に誘われ、70歳のはる子は雪の降る夜、車の後部座席へ乗った。 ところが車は町を離れ、山沿いの介護ホームの前で止まった。 「数日だけ、ここで休んでください」 そう言われた時、トランクから自分のスーツケースが出てきた。 荷物はいつの間にか詰められ、携帯電話は嫁に取り上げられた。 息子は「また来るから」と言い残し、母を301号室へ置いて帰った。 翌日、嫁は面会に来るなり尋ねた。 「通帳はどこですか? 実印は?」 さらに、見覚えのない白い錠剤を「いつもの薬」として渡してきた。 はる子は黙って薬を受け取り、認知症のふりを始めた。 そして翌日の病院で、嫁が電話口で話す声を聞く。 「診断が出たら、家も通帳も動かしやすくなるでしょう」 はる子はその会話を、コートの内側に隠した一本の録音機へ残していた。因果応報|人生逆転|嫁姑|絶縁|親子関係|介護|金銭問題1.7万字5 323 -
完結第10話
27年目、妻は食卓を捨てた
「……もう、必要ないのね」 27年間作り続けた夕食を、家族5人はスマホを見たまま無言で食べた。 「いただきます」も「おいしい」も、誰の口からも出なかった。 翌朝、私が食卓に残したのは一枚のメモだけ。 《今日から、自分のことは自分でお願いします》 夫は鼻で笑い、私が困って戻るよう家族カードまで停止した。 「パート代だけで、一人で暮らせるわけがない」 ところが3日たっても、私は助けを求めなかった。 家族が食事や洗濯、義母の薬の管理に困り始めた頃、娘が台所の奥で古いノートを見つける。 表紙には《家族のこと》。 そこには27年間、誰にも気づかれなかった私の記録が残されていた。 さらにノートから落ちた封筒には、夫が想像もしなかった書類が入っていた。 《常勤職員登用に関する雇用条件通知書》――返答期限は、今日だった。嫁姑|夫婦|親不孝1.6万字5 4751 -
完結第10話
独身だから介護しろ
「来月で店を辞めろ。父さんの介護は、独身のお前がやれ」 父の退院祝いで、兄は私の名前だけが並んだ介護予定表を置いた。 朝食、服薬、入浴、夜間の見守り――月曜から日曜まで、休みはない。 姉も「あなたには守る家庭がないでしょう」と言った。 だが要介護2の父は、歩行器を使えば動けるうえ、介護サービスを利用する意思も示していた。 それでも兄姉は費用を惜しみ、私へ仕事を辞めさせようとした。 私は予定表を破り、「本人の前でもう一度決めよう」と告げた。 父は震える右手で、机を2度たたいた。 その意味が分かったのは3か月後だった。 ケアマネジャーから見せられたのは、私を主介護者とする《家族同意書》。 署名日は、私が北海道へ出張していた日だった。 そして費用管理者の欄には、父の通帳を預かる姉の名前が書かれていた――。兄弟姉妹|親不孝|親子関係|介護1.5万字5 384 -
完結第10話
「忘れ物」で夫の嘘がばれた日
「あなた、健一さんから何も聞いてないの?」 母が「薬を忘れた」と言い、空港へ向かうタクシーを引き返した。 ところが自宅へ戻っても、母は何も探さない。 代わりに差し出したのは、私名義の土地と家を売るための査定書だった。 現地確認は今日の午後3時――私たちがハワイにいるはずの時間だ。 夫は「結婚25周年のプレゼント」として、1週間の母娘旅行を用意してくれた。 だが書斎からは、私の通帳、身に覚えのない委任状、さらに偽造された離婚届まで見つかった。 午前10時23分、玄関の鍵が開く。 帰宅した夫は、見知らぬ女と笑いながら言った。 「1週間もハワイに追いやるなんて、よく考えたわよね」 「家を売るための必要経費だと思えば安いもんだ」 襖の陰で録音を続ける私たちに、夫はまだ気づいていない。 そして午後3時、この家には不動産会社だけでなく、私の弁護士もやって来る――。夫婦|親不孝1.5万字5 2577 -
完結第11話
離婚後、義母のカードを止めました
離婚成立から3日後の午前2時。涼子のもとへ、ハワイ旅行中の元姑・和子から怒りの電話がかかってきた。 「このクソ女! なんで私のカードが使えなくなってるの!」 和子が使っていたのは、涼子名義の家族カードだった。離婚後に解約したと伝え、「すみません、どちら様ですか?」と返した涼子に、和子は“エリート社員の息子”を捨てたことを後悔すると言い放つ。 だが元夫・健一は、3年前に一流企業を懲戒解雇されていた。その事実を隠したまま毎朝スーツで家を出て、借金を重ねながら母親への仕送りと豪華な旅行を続けていたのだ。 さらに涼子が見つけた600万円の保証契約には、何も知らない和子の名前と実印が使われていた。そして元夫が会社を追われた本当の理由を示す資料には、借金だけでは済まない不正の痕跡が残されていた――。嫁姑|第二の人生|絶縁1.6万字5 3492 -
完結第11話
「籍を抜いてから行け」と言われた嫁
「実家へ帰りたいなら、籍を抜いてから行きなさい」 母を亡くしてわずか1か月。初盆のため3日間だけ帰省したいと頼んだ里見に、姑は離婚を迫った。夫の浩司も妻を守らず、「少しは空気を読め」と目をそらす。 結婚して20年、家事と義父の会社の経理を無償で支えてきた里見は、静かに「分かりました」と答え、その日のうちに家を出た。 彼女が持ち出したのは、亡くなる直前の母から託された茶色い封筒だった。中には、吉沢家が暮らす家の土地が、実は母の名義であることを示す書類が入っていた。 さらに不動産会社を訪ねた里見は、母が入院していた間に、その土地を売ろうとした人物がいたことを知る。偽造された委任状には姑の筆跡。そして売却代金の入金先には、妻へ何も知らないふりをしていた夫・浩司の名前が記されていた――。嫁姑|絶縁1.6万字5 5491 -
完結第12話
離婚したら140万円の請求が来た
結婚して7年。待ち望んだ妊娠が分かったさやかは、夫の勇気へ知らせるため、体調の悪さをこらえながら豪華な夕食を用意した。 ところが、義姉から「夫のお金を浪費している」と責められても、勇気は妻をかばおうとしなかった。それどころか、さやかが「自分のお金で買った」と反論しただけで、彼はあっさり告げる。 「そんなことを言い続けるなら、離婚しよう」 さやかは離婚を承諾し、初めて妊娠を伝えたうえで、その日のうちに実家へ戻った。すると3日後、これまで彼女が負担してきた義姉の息子の塾代、約140万円の請求書が勇気のもとへ届く。 慌てて支払いを求める夫に、さやかは静かに告げた。「もう私とは関係ありません」。しかし彼らはまだ知らなかった。さやかが3年前から、義姉への送金記録と、家族の会話を記録した音声を残していたことを――。兄弟姉妹|絶縁|金銭問題1.7万字5 964 -
完結第12話
20年の仕送りを止めたら、義母の嘘が暴けた
20年間、毎月10万円の仕送りを一度も欠かさなかった私。 総額は2,400万円にもなるのに、義母は法事の席で親族を前に笑った。 「たった10万円よこして、偉そうにしないでよ」 その言葉を聞いた私は、翌月から仕送りをやめることを決めた。 義母は「その程度のお金、なくても困らない」と強がっていたが、わずか3か月後、その暮らしは急速に行き詰まっていく。 やがて夫は、実家で銀行と証券会社から届いた複数の封筒を発見する。 そこに記されていたのは、義母が隠し続けてきた資産の動きと、私たちの仕送りが使われていた本当の目的だった。 なぜ義母は2,400万円もの援助を「大した額ではない」と笑ったのか。 そして、仕送りを止めた途端に崩れ始めたものとは――。 20年間の善意を当然のものとして踏みにじられた妻が、家族に隠された金銭の秘密と向き合い、自分の人生を取り戻していく物語。嫁姑|相続|親不孝|親子関係|金銭問題1.8万字5 975 -
完結第11話
義母「家を売って弟の借金を返せ」夫に奪われかけた私の家
「家を売って、弟の1000万円の借金を返しなさい」 義母が要求したのは、私が結婚前に自分のお金で買ったマンションだった。 断ると夫は私の腕をつかみ、口の中が切れるほど強く頬を打った。 「最初から言うことを聞けば、こんなことにはならなかったんだ」 私は空手三段で、避けることも反撃することもできた。 それでも殴り返さず、天井の防犯カメラを見上げた。 そこには夫の暴力だけでなく、義母の言葉まで残っていた。 「正也、言うことを聞かせなさい」 さらに録画を遡ると、2人の小声が聞こえてきた。 「権利書と実印さえ出させれば、あとは進められる」 翌日、義母は合鍵を使って留守宅へ入り、私の金庫を探し始めた。 そして夫が用意した不動産査定依頼書には、義母が家を売れと言い出す4日前の日付が記されていた。嫁姑|夫婦|絶縁|金銭問題1.6万字5 784