"パリへ発った妻の代償" 第2話
退職とで老の資も確保した。
やるべきことは全部やったつもりだった。
リビングに入ると、テーブルのに切れが1枚、無造作に置かれていた。俊子が残した買い物メモだった。
卵、牛乳、ほうれん、豆腐。
見慣れた丸っこい文字でかれている。帰ってきたら買い物にくつもりでいたのだろう。
何気なくそのを裏返した。
そこに、別の跡があった。
角ばった癖のある男の字だった。
「AF830便 成田1420分発 パリ」
誠郎のが止まった。
佐々さんたちとの国内旅。
確か、俊子はそう言っていた。
温泉か何かだろうと、き先は伊豆だったか箱根だったか、詳しくは聞かなかった。いや、聞く気がなかったのかもしれない。
パリ。
この切れは俊子のものではない。
この跡も俊子のものではない。
誰か別のがいた航空便の報が、なぜ俊子の買い物メモの裏にあるのか。
答えはだった。
誠郎は子に腰をろし、その切れをじっと見つめた。胸の奥に広がったのは、激しいりではなかった。
もちろん、何もじなかったわけではない。
ただ、それはしいではなかった。
ずっとからのようにわだかまっていた何かが、たった1枚の切れによって輪郭を持った。
それだけのことだった。
分かっていた。
のどこかでは、もうずっとから分かっていたのだ。
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3ヶほどのことだった。誠郎が夜にトイレに起きた、リビングから俊子の笑い声が聞こえた。携帯話で誰かと話していた。声を潜めているつもりなのだろうが、夜ののではよく響いた。
聞いたこともないような甘い声だった。
なくとも、誠郎に向けたことのない声だった。
その翌から、誠郎は観察を始めた。
技術者として40以、精密器の品質管理をしてきただ。異常値を見つけたら記録する。データを集め、分析する。それは仕事でも常でも変わらない。
斎の引きしの奥に、さなノートを1冊用した。
表には何もかず、付とを几帳面に記録していった。
33、午2。お茶と言い残して。帰宅は午8過ぎ。
37、クレジットカードの細に都内の級フランス料理。2分のディナーコースで3万8000円。
310、夜1。リビングで話。「来が楽しみ」という言葉が断片に聞こえた。
315、タンスの引きしから見覚えのない着。らかに常用ではない華やかなものだった。
そして318。
俊子が買い物にかけた、リビングのソファの隙に携帯話が挟まっていた。落としたことに気づかなかったのだろう。誠郎がに取ると、ロック画面に通が表示されていた。
瀬広。
「来のパリ、ホテルはモンマルトルのくにしたよ。
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楽しみだね」
それが、浮気相の名をった瞬だった。
誠郎は通を見て、話をそっと元の所に戻した。
そして今朝、この航空便のメモが最の確信を与えた。
誠郎は切れを丁寧に4つに折り、胸ポケットへしまった。
それからキッチンにち、コーヒーを入れた。
りでくな。
まずデータを集めろ。
結論を急ぐな。
分な報が揃ってから判断しろ。
技術者として叩き込まれた鉄則が、まさかこんな面で役につとはわなかった。
午9をし回った頃、玄関のチャイムが鳴った。
このに来客があるとはっていなかった。所のが回覧板でも持ってきたのだろうか。そうってインターホンのモニターを見ると、映っていたのは見覚えのない男だった。
30代半ばくらいだろうか。
ダークグレーのスーツを着ているが、ネクタイは緩み、全体にどこか疲れた印象がある。髪はに濡れて額に張りつき、目のにはい隈が刻まれていた。傘を持っていないのか、肩から背にかけてスーツのが濃くなっている。
表は固く、何かをい詰めたような顔だった。
誠郎はインターホン越しに声をかけた。
「はい、どちら様ですか」
「突然申し訳ありません。藤堂誠郎さんのお宅でしょうか」
聞き覚えのない声だった。
セールスにしては勢いがなく、役所ののような事務な響きでもない。
どこか切羽詰まった声だった。
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