みかん小説
本棚

"24年目の手紙" 第5話

度経済成の波に乗り、再発のブルドーザーが古い並みを次々と押しつぶしていく代でした。国の目には、この坂の町のような貧しい域は、1ち退かせるべき苦しい所に過ぎず、そこで起きるの失踪は、発展という名のに埋もれてもいいような、さな事件だったのです。

よし子は1き始めました。子供がいなくなってから、正気を失ったように町を彷徨い歩きました。健の写真を持って、というを回りました。港で働くおじさんたちにも、写真を差しして聞いて回りました。くのにもちました。内にある2つの児童養護施設にも直接を運び、写真を見せたりもしました。

その施設のうちの1つで、よし子は施設の院に会いました。島という、50代半の当たりの良い男でした。彼は町では善られる物でした。恵まれない子供たちを世話する潔な社会事業だと、誰もがっていました。 島はよし子の持つ写真を覗き込み、気の毒そうな顔をして言いました。 「健君のお母さん、ご配でしょう。当院にはそのような子はおりません。もし現れたら、すぐにご連絡いたします」 島は本当に親切に見えました。よし子は「ありがとうございます」と何度もげてお礼を言い、施設をてきました。

広告

その男を疑う理由は何もありませんでした。それが決定違いでした。しかし、その違いはよし子のせいではありません。あの代、誰もその男の裏の顔を疑っていなかったのですから。

1979、警察にたな報が寄せられました。阪のくで健に似た子を見たという通報でした。警察はその報を頼りに、数ヶきました。よし子も連絡を受け、直接阪まで駆けつけました。バスを2回乗り換え、3かけて向かいました。しかし、結果は無駄でした。実際に会ってみると、全く別の子供だったのです。

へと帰るバスので、よし子は窓のの暗い景を見つめ、言も発しませんでした。膝のに健の写真を置いたまま、彼女のは微かに震えていました。窓にはの雫が結し、たく流れ落ちていきました。

1980、健がいなくなって2が経った、警察は公式に捜査を終しました。未解決事件という名の類ファイルが、静かに閉じられたのです。

その頃、1978のあの町でいなくなったのは、健だけではありませんでした。同じ期に、くの町からさらに3の子供がいなくなっていました。しかし、それぞれの通報はバラバラに処理され、事件同士が結びつくことはありませんでした。貧しい子供たちの失踪は、あの代、誰の注目も浴びることはなかったのです。

広告

がいなくなってから初めて迎えたのことでした。よし子は健の部のタンスをけました。が来ると、健がいつも嬉しそうに引っ張りしてきて着ていた、の肌着がそこにありました。すでに成するはずの健にはさくて着られないものでしたが、よし子はそれを取りし、顔を埋めて健の肌の匂いだけでもじようとしました。そして、丁寧に畳んで再びタンスの奥にしまいました。 「健、今は、どこかで温かくして過ごすんだよ……」 言い終わるにまた涙が溢れし、よし子は急いでタンスの扉を閉めました。それが、よし子のの儀式になりました。毎ると肌着を取りし、顔を埋めてみては丁寧に畳んでまたしまうこと。誰もらない、彼女だけの寂しい儀式でした。

1983が来ました。健が順調にいけば、に入学するはずだったでした。よし子はそのの制ち尽くしていました。そしてを決してに入り、黒い学ランを1着選びました。 の女将さんが、よし子の様子を見て尋ねました。 「息子さんの入学式ですか?」 よし子はしためらってから、静かに言いました。 「ええ、うちの子の入学式なんです」

を買ってに帰り、よし子は健の部のタンスをけ、の肌着のすぐ隣にその学ランを掛けました。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: