みかん小説
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"24年目の手紙" 第11話

母親は息子を放さず、息子もお母さんを決して放さなかったのです。その2い絆が、24を超えて、ついにを結びわせたのです。

最初の話の、よし子と健は、に2、3回、定期話で話すようになりました。最初は、お互いに数もくありませんでした。健のたどたどしい本語と言葉選び、そしてよし子のゆっくりとした語りに、よくい沈黙が挟まりました。しかし、その沈黙は決して気まずいものではありませんでした。ただ受話器から聞こえるお互いの息遣いと声を聴いているだけでも、2にとっては分に幸せだったのです。

よし子は健から話が来るになると、朝から黒話のすぐそばに座って、じっと待ち続けました。ベルが鳴ると、目散に受話器を取りげました。 健話を通じて、しずつアメリカでの自分の話を打ちけ始めました。アメリカに初めて着いた、言葉が全く通じなくて、部で1でご飯をべながら毎泣いたこと。しい族はそれなりに親切にしてくれたけれど、毎晩お母さんに会いたくて、布団をからかぶって声を押し殺して泣いたこと。そうしてようやく眠りに着くと、いつも決まって神戸の坂の町のを見たということ。練炭の煙が煙突からるあので、お母さんが笑顔で「健

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と呼んでくれるを。よし子は息子の話を聞きながら、声をさずに涙を流し、受話器をく握りしめました。

はアメリカの学に学した際、社会福祉学を専攻しました。自分のように、見らぬで1きりで耐え抜かなければならない々を、自分ので助けたいとったからです。学卒業は、ソーシャルワーカーとして現で懸命に働き、32歳のに結婚しました。妻はアメリカでまれたの女性でした。そして、2には、すでに幼い娘が1していました。 「娘の名は、何て言うの?」 よし子が受話器に向かって尋ねました。すると、受話器の向こうでし躊躇するような、気恥ずかしそうな気配がじられました。そして、健が静かに言いました。 「英語の名もあるんだけどね、本の名も付けたんだ。……『さゆり』って名付けたよ」

よし子は瞬、言葉を失いました。 「さゆり……お母さんが子供の頃、番仲が良かったって、あなたに話した友達の名じゃない……」 「お母さんが々、楽しそうにその友達の話をしてくれたでしょう。僕、ちゃんと覚えていたんだよ」 よし子はその言葉を聞いた瞬にしがみつくようにしてに座り込み、涙を流しました。健は覚えていたのです。母親が昔、台所で何気なくにした切な友達の名を、24が経ってもずっと忘れずに胸に抱いていたのです。

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話を切ったも、よし子は、そのからくことができませんでした。窓のでは、の静かな陽がゆっくりと暮れようとしていました。

2005が来ました。健が妻と娘のさゆりを連れて、ついに本へ帰国すると言いました。よし子はそのらせを聞いてから、嬉しさと緊張のあまり、3まともに眠れませんでした。健が好きだったものを何度もい浮かべました。目玉焼き、噌汁、お肉。彼女は部に何度も雑巾をかけ、タンスをけて、あのの肌着を取りしました。古くてすっかり褪せた肌着を丁寧に広げ、差しのに干しました。

2005のある朝でした。よし子は弟夫婦と緒に、関国際空港の到着ロビーのっていました。彼女の両には、呂敷に包んだ切なタッパーがしっかりと握られていました。朝4に起き、健のために目玉焼きを作って入れてきたのです。黄が1つも崩れないように、そっと慎にフライパンで焼いたものです。

到着ロビーの自ドアがくたびに、よし子の臓は激しく鳴りました。から々が1、また1と溢れてきました。よし子は目をきく見き、てくる々の顔を1、必に見つめました。

そして、ドアが再びきました。 から、背がく、肩幅の広いがっしりとした男がてきました。

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