"マカオに消えた花嫁" 第1話
2010415、マカオの空は、まるで溶かしたガラスのようにどこまでも青くれ渡っていた。 ベネチアンマカオの運を優雅にむゴンドラを背景に、田子(26)は満面の笑みを浮かべていた。 純のワンピースが、国のい差しをね返して眩しく輝いている。
「ねえ、浩司、くく! ゴンドラがっちゃう!」 弾むような子の声に促され、夫の田浩司(28)は、に持ったデジタルカメラを構えた。 ファインダー越しに見える妻は、客乗務員という職業柄からか、での完璧な笑顔を寸分の狂いもなく作りげていた。 しかし、その瞳の奥に、ほんの僅かな翳りのようなものがよぎったのを、浩司は見逃さなかった。 まるでのシャッターが閉じる瞬を見たような、ほんの瞬の違だった。
カシャ、と静かだけど乾いたシャッター音が響く。 液晶画面に映しされたのは、誰が見ても幸福の絶頂にいる婚カップルの姿だった。 この写真が、が共に写る最の記録となり、12にも及ぶい悪の始まりを告げる1枚になるなど、このの浩司はる由もなかった。
宿のIT企業で働く浩司にとって、このマカオへの旅は、連夜まで続く過酷なプロジェクトからのな逃避だった。 方、JALの客乗務員として世界をび回る子にとって、は常の延線にあった。
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それでも、アジアのラスベガスと称されるこのエキゾチックなは、婚1周を祝うのにふさわしいと、の見が珍しく致した所だった。
ホテルの部に戻り、浩司が夜の予定をてようとガイドブックを広げたのことだった。 「今夜はウィンのウォーターショーがおすすめだって、コンシェルジュが言ってたよ。国の伝統なサーカス、子好きだろう?」 浩司の言葉に、子は窓のに広がる、きらびやかなコタイ区の摩楼を見つめたまま、曖昧に頷くだけだった。 その横顔からは、何のも読み取れない。 客に鳴り響く、空調のかすかな運転音だけが、のの苦しい沈黙を埋めていた。
「どうした? 疲れてるのか?」 浩司が顔を覗き込むと、子はさく息を吐いて線を落とした。 「……うん、別に。ただ、考えてたの。毎こんな景ので暮らしてるもいるんだなって」 その声には、憧れとはし違う、諦めに似た響きが混じっていた。
浩司の胸に、たい雫がぽつりと落ちたようなが広がる。 結婚してからというもの、子が折り見せるこの得体のれない距。 それは、京の狭いマンションでじるものよりも、異国の放な空気ので、より層確な輪郭を持って浩司のを苛んだ。 彼はそれを、仕事のストレスから来るすれ違いだと自分に信じ込ませようとした。
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本の男として、族を支える責任を全うしなければならない。 音を吐くことも、をにすることも許されない、と彼は自分に言い聞かせ、込みげてくる言葉を喉の奥に押し戻した。
その夜、は最の目撃報となるにいた。 畳の続く細いに、ポルトガルのパステルカラーの建物が並び、観客の喧騒が満ちている。 焼きたてのエッグタルトの甘く焦げたりと、点レストランからちる湯気が、湿った夜気と混じりっていた。
茶ので、は黙々と箸をめていた。 々の籠包を頬張りながら、子がふと呟いた。 「ってさ、やり直せたらいいのにね」
浩司のが、ピタリと止まった。 その言葉は、まるで鋭利なガラスの破片のように、彼の鼓膜を突き刺した。 見れば、子は冗談めかした笑顔を浮かべている。 だが、その瞳は全く笑っていなかった。 の奥底にある、決して自分には見せてくれないい淵を覗き込んでしまったような恐怖に、浩司は全の血が逆流するのをじた。 しかし、彼は何も言えなかった。 「どういうだ」と問い詰める勇気もなかった。 その言が、取り返しのつかない現実を暴いてしまう引きになることを、彼は本能に恐れていたのだ。
午745分。それが、の監カメラがの姿を捉えた最の刻だった。
翌416の朝、チェックアウトのを過ぎても、は部からてこなかった。
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