みかん小説
本棚

"柿の木の下、三十年の帰郷" 第7話

「母さん、帰って来る途のおじいさんに会ったよ。ちょっとに転んだって聞いた」

母は俯いたままボタンを縫い続け、「うん」とだけ答えた。

「これからはもう誰にも世話をいかないよ。異願いをしたんだ。県内の駐屯にポストがあってね。ここからで 2 だ」

母は私をじっと見つめた。ランプのが母の顔で揺れている。母はゆっくりと針と糸を置き、髪をかきげていった。

「バカなこと言うんじゃないよ。せっかく幹部になれたのにそんな簡単に異できるもんかい」

「バカなことじゃない。もう願したんだ」

母の唇がわずかにいたが、声にはならなかった。俯いて再びボタンを縫い始めた。しかしそのが震えているのが見えた。針が滑って指を刺したが母は痛いとも言わなかった。

私はづいてしゃがみ、母のからそっと針と糸を取った。そして針で刺されたそのを両で包み込んだ。

たくザラザラとしていて、爪のにはまだが残っていた。

「母さん、17 歳の、俺が戸籍を持って逃げたで泣いてたんだろう。」

母は顔を背け、何も言わなかった。

肩がまた震え始めた。

「あの鳴き声が聞こえたんだよ。でしばらくち止まってから発したんだ。派になるまでは絶対に顔を見せられないとった。」

派になったじゃないか。

広告

私は首を振った。

「何が派なもんか。母さんが転んで怪をしたこともらず、でいじめられていたこともらなかったのに。」

母は勢いよく振り返った。

目は真っ赤だった。

「誰がいじめられたって、たけしはが悪いだけだよ。」

「あいつ母さんを突きばしたじゃないか。」

母は黙り込んだ。

しばらくしてほんのわずかに首を振った。

私のにのしかかっていたきなしだけ軽くなった。

でも胸の奥のしこりはまだ取れなかった。

「母さん、もう絶対に 1 にはさせないからな。」

母はもう片方のをあげ、私の顔を撫でた。

指先が顎から傷跡へとなぞっていく。

「随分痩せたね。」

「自官はみんなスリムなんだよ。」

「嘘しい。テレビにてる偉いはみんなふっくらしてるよ。」

私は笑った。

母も笑った。

台所のストーブの灯油が切れかけ、赤いさく揺れた。

私はがり庭にて、さっき落とした菓子とダウンコートを拾った。

菓子は半分潰れ、コートにはがついていた。

私はパンパンとを払った。

母も台所の入りち、私が庭を片付けるのを見ていた。

その夜私たち親子は夜遅くまで話し込んだ。

子供の頃の話、母の若かった頃の話、父のこと、おじさんのこと、が変わったこと、町にしいができたこと。

母は数がなく、ほとんどは私が話し、母が聞いていた。

広告

この 20 来事を話せる範囲で端折って話した。

訓練のこと、学のこと、隊のこと。

辛いや怪をしたのことは切話さなかった。

夜更けになり、母は耐えきれず壁にもたれて眠り始めた。

私はコートを広げ、そっと母にかけた。

母はを縮め、寝言のように「かないで」と呟いた。

かないよ。」

と答えたが母はすでにい眠りに落ちていた。

私は布団の横に座り母の寝顔を見つめた。

子供の頃私がした、母がこうして私を見守ってくれたのと同じように。

今はが逆転している。

窓のが吹き々の葉がざわめく音がした。

その向こうには真っ暗なが広がっている。

はたけしのかなければならない。

直接はっきりと言っておく必がある。

庭の入れもしたいし、の扉も直さなければ。

台所の根の瓦も何枚か緩んでいる。

もうし先になれば異続きや引っ越し先の探しもある。

でも焦ることはない。考えればいい。

窓の鳥の声がしずつ聞こえ始めた。

けがい。

鶏の鳴き声が聞こえた。

私はがり台所へってを起こしお湯を沸かした。

20 のあの朝と同じようにガチャガチャと音をてながら焚きが燃えがる。

はまだ暗く、炎が鍋の底を舐めるように燃えていた。

私はしゃがみ込み焚きをくべた。

鍋のお湯がグツグツと湧き、いい匂いが漂ってくる。

度目の鶏が鳴き、のあちこちです気配がした。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: