"三輪山に消えた家族" 第7話
穏やかな農夫の仮面の裏に、これほどまでに追い詰められた状況があったとは。彼はこの数字の羅列に、正隆のられざるもう1つの暗い顔を垣見た気がした。
裕はその誌をカバンに詰めると、再び元駐の田所の自宅へと向かった。この謎を解くには、当の社会状況やの事に詳しい物の助けが絶対に必だとじたからだ。
誌を差しされた田所は、老鏡をかけ、眉にいシワを寄せて虫鏡を取りし、ノートの文字を凝した。そしてしばらく沈黙した、「あ、これは……」と、を仰ぐようにして呟いた。 「おそらくですが、これは融取引の記録ですな。普通の株取引やない。所の旦がいておられる『N225』という文字列。これは、経平均株価のことですわ。そして、この横の数字はおそらく、その価格や取引の単位……。問題は、平成の初め頃から、識のない素を相に流りした、ある種の悪質な取引やないかということですわ」
田所の説によれば、それは将来の特定のに、あらかじめ決められた価格で株を売買する権利を取引する、「オプション取引」や「先物取引」と呼ばれる極めてハイリスクな融商品だった。 バブル経済が崩壊し、くの々が損失を取り戻そうとたな儲け話を探していた平成初期の混乱期。
広告
識のない農や個事業主をターゲットに、「絶対に儲かる、元はすぐに回収できる」という甘い言葉で誘い込み、額の証拠を騙し取って莫な損失を負わせる悪質な業者が、当きな社会問題となり始めていたのだという。
「方の農が、収穫の定さや借から解放されたいで、その魔のの落ちるケースがなくなかったんですわ。正隆さんは、真面目すぎたのかもしれんねえ……」 田所はい目をして、静かに語った。 「候にされる農業だけでなく、定した収入源を確保して、ご族をさせたかったんやないでしょうか。それが、完全に裏目にてしまった……」
裕は子ので愕然とした。誌の狂ったような数字は、父親が族のために刻んだ、絶望の記録だったのだ。攫千を見て欲に駆られたわけではない。ただ、族をするがゆえに、彼らを守りたいがゆえに、禁断の果実にをしてしまったのだ。 ノートから浮かびがってきたのは、に目が眩んだ投資の姿ではなく、器用なゆえにい沼にはまり、もがき苦しむの父親の姿だった。
裕の胸に、どうしようもない切なさとしみが込みげてくる。父親の背負った秘密のさをい、彼の目から静かに涙がこぼれ落ちた。 の失踪の原因は、やはり経済な困窮による夜逃げだったのだろうか。
広告
としては、これ以ないほど分に考えられる。
しかし、裕のには、依然としてい疑問が残っていた。もし本当にただの借苦による夜逃げなら、あの朝、朝の準備を途で放棄してまで、着の着のまま消えるだろうか。そして、母親の千代子はなぜ、あの謎めいたを箱に隠す必があったのか。 父親の融トラブルと、母親の涙の柿の葉寿司。2つの決定な事実は、まだ1本の線で繋がっていなかった。
父親の正隆が残した、苦悩に満ちた融取引の記録。その事実は、裕のに1つの現実な仮説を芽えさせていた。借苦による夜逃げ。それこそが、この解な失踪劇の、あまりにもありふれた、しかし最も現実な真相なのかもしれない、と。
だが、そう結論づけるには、やはり母子のが謎として残りすぎている。泣きながら柿の葉寿司を作り、「事なもんを守る」と呟いた千代子。そして、謎の言葉を連ねたあの。まるで、2つの異なる事件が同にしていたかのような、ちぐはぐな印象がどうしても拭えない。 (やはり、このの真実を歪めている元凶は、あのにいる……)
裕は疑の焦点を葉に定め、の力者である葉の敷へと向かう決を固めた。 葉の敷は、のでも際い見事な垣に囲まれた、堂々たる構えの壮麗な本だった。
裕はなをくぐり、玄関でインターホンを鳴らして名を告げた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
灯油札の密告
2005年11月、長野県の山あいにある静かな村で、工藤家の住宅が深夜に炎に包まれた。 家の中には、父と母、そして7歳の息子。近所の人々が助け出そうと駆けつけるが、玄関には外側から鎖と南京錠が掛けられ、勝手口も角材で封じられていた。 これは事故ではない。 誰かが一家を逃げられないように閉じ込め、火を放ったのだ。 村人たちは涙ながらに犯人探しを願い、特に隣人の男は誰よりも深く悲しんでいるように見えた。だが刑事・星野は、焼け跡に残された不自然な痕跡と、その男の身体にあった小さな傷に違和感を覚える。 そして事件から数日後、町の貴金属店に持ち込まれた大量の一万円札が、捜査を大きく動かす。 その紙幣には、かすかな灯油の匂いが残っていた。 炎で消されたはずの夜に、いったい何があったのか。 そして、最後まで燃え残った“匂い”は、誰の罪を指し示していたのか――。ミステリー|遺體発見2.3萬字5 178 -
完結第10話
雪下の赤いマフラー
1998年11月12日、雪の降る旭川で、赤いマフラーを巻いた3人の女子高校生が忽然と姿を消した。 双子の美咲と南、そして親友の彩。3人は放課後の演劇部の練習を終え、いつものように学校を出たはずだった。だが、その日を境に、家族のもとへ帰ることはなかった。 捜索は続いたが、足跡も持ち物も見つからない。吹雪がすべてを消してしまったかのように、事件は未解決のまま17年の歳月が流れていく。 そして2015年。元郵便配達員の古い鞄から、17年間届けられなかった1通の手紙が見つかる。 そこには、こう書かれていた。 「私は、美咲、南、そして彩に何が起きたのか知っています」 手紙をきっかけに再び動き出す捜査。座布団の中に隠された日記、古いカセットテープ、稚内へつながる謎の手紙、そして雪深い小屋の床下に眠っていた赤いマフラー。 3人はなぜ消えたのか。 教師・田中浩は何を隠していたのか。 17年間閉ざされていた雪の中の真実が、今、静かに姿を現す。ミステリー|行方不明1.5萬字5 792 -
完結第12話
ETCに残らない白バイ
2003年春、千葉県の高速道路を巡回していた女性白バイ隊員・水島舞が、サービスエリアで忽然と姿を消した。 監視カメラには、彼女が白バイを降りて建物へ入る姿が残されていた。だが、その18分後、白バイに乗って走り去ったのは舞ではなく、ヘルメットで顔を隠した見知らぬ男だった。 舞本人も、白バイも見つからない。料金所の記録にも、ETCログにも、その後のはっきりした足取りは残っていなかった。 結婚を控えていた婚約者、娘の帰りを待ち続ける両親、そして答えを出せないまま止まった捜査。 10年後、古い監視映像を最新技術で解析した時、画面の隅に映っていた“あるもの”が、事件を再び動かし始める。 白いバイクは、どこへ消えたのか。 そして水島舞が最後に見た人物とは――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 5205 -
完結第11話
雪峠の五発
2006年11月15日、長野県北部。 その年最初の雪が降り始めた高木峠へ、1人の巡査が向かった。展望台に不審な車があるという匿名通報を受け、霧谷慎也は「確認だけ」のつもりでパトカーを走らせる。 だが午後6時15分、現場到着を知らせる無線を最後に、慎也からの連絡は途絶えた。 雪の展望台に残されていたのは、鍵のかかったパトカーと、車内に置かれた制帽と手袋。慎也本人だけが、吹雪の峠から忽然と姿を消していた。 事故なのか、事件なのか。誰かに連れ去られたのか。それとも、自ら山へ入ったのか。 妻と幼い娘は、答えのないまま13年を過ごすことになる。 そして2019年春。雪解けの斜面から、慎也が持っていた古い懐中電灯が見つかった。 13年間沈黙していた峠が、初めて返した小さな手がかり。 その光の先に隠されていたのは、匿名通報の本当の意味と、雪の下に封じられていた一夜の真実だった。ミステリー|行方不明1.7萬字5 1277 -
完結第13話
5枚で消された妻
1994年4月、長野県の山あいにある古いビジネスホテルで、31歳の女性・高橋美幸が冷たくなって発見された。 部屋には睡眠薬の空箱と酒の瓶。夫との離婚調停を控えていたこともあり、警察は早々に「事件性なし」と判断する。記録はわずか5枚だけ。母のよし子がどれだけ訴えても、娘の死が再び調べられることはなかった。 それから12年。 美幸の夫だった男は別の町で再婚し、真面目な父親として穏やかに暮らしていた。一方、よし子は痛む膝を抱えながら、毎年娘の墓へ通い続ける。 「娘は、自分から死を選ぶような子ではない」 誰にも届かなかったその言葉が、ある夜、古い薬物帳簿に残された一つの名前によって動き出す。 12年前のホテルで、本当は何が起きたのか。 そして、たった5枚の記録が隠していた真実とは――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 480 -
完結第13話
床下の学級日誌
1995年、福岡の小さな離島・相島に、一人の若い女教師が赴任してきた。 藤野理子、26歳。全校児童わずか11人の分校で、子どもたち一人ひとりに寄り添い、島の人々にも少しずつ受け入れられていく。だが彼女は、ある少女の腕に残る不自然な痣に気づいてしまう。 「このまま見過ごすことはできない」 そう決意した夕暮れ、理子は本土へ渡ろうとしていた。しかし、その日を境に彼女は島から姿を消す。 残された荷物、桟橋で見つかったスカーフ、そして口を閉ざした11人の子どもたち。 警察はやがて、理子が自ら島を出た可能性が高いと判断する。けれど、子どもたちは知っていた。 あの日、桟橋で本当に何が起きたのかを。 それから10年後、取り壊される分校の床下から、理子の学級日誌と万年筆が見つかる。封じられていた記憶が、静かに動き出した――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 268