"半纏に縫われた遺言" 第1話
朝7、私はいつもと変わらず古い製の作業台のに腰をろしていた。 浅の裏にひっそりと佇む仕事の軒には、「浅・佐々裁」とかれたペイントの剥げかけた板が掲げられている。 蛍灯のスイッチを入れる、暗い朝のので席に着くのが、40にわたる私の確固たる習性だった。
私は着物の仕てを業とする76歳の裁士である。 作業台に向かい、かつて夫が用していた古い拡鏡をに取ると、綿のエプロンの袖でレンズを丁寧に拭きげた。 片方のレンズにはさな引っかき傷があり、属の蔓の片方が格好に曲がって側に傾くその具には、3に先たれた夫の指先の体温が、今も消えずに残っているかのような錯覚を覚える。
目のの作業台のには、京都の陣から取り寄せた最級の絹のがしめやかに広げられていた。 のひらでその表面をそっと撫でてみると、まるで清らかなが流れるように滑らかで、朝のに透かすと向こう側の景がはっきりと見えるほどに純粋な織物だった。 40もの、ただ実直に布だけを触ってきてきた職の指先は、物の絹に触れるだけで拒絶反応のように鳥肌がつ。 本物と偽物は、どれほど見を似せようとも、その内に秘めた質が全く違うのだ。
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(のも、この透き通る絹の表裏のように歪みがなければ、どれほど良いだろうかね……) 広げた布を見つめながら、私のからは自然と苦しいため息が漏れた。 3、夫の回忌の法事があったばかりだった。 の晩から台所にち、汁を引いて根の煮物を作り、丁寧にえ物をご用して、を込めてお斎の席をえて待っていた。
しかし、息子の裕夫婦は、線をげにほんのしち寄っただけで、わずか20分で慌ただしく帰ってしまった。 嫁の美は、お焼もそこそこに度だけ形式なお辞儀をしただけで、チラチラと腕計ばかりを気にしていた。 息子の裕に至っては、仏壇のにっても、遺のなかの父親の目を見ようとすらしなかった。 法事が終わり、がらんとした居で、寂しくお皿を片付けていると、ポタリとお皿のに落ちた私の涙が、料理のごま油のように格好に広がっていった。 4になっても、あののたく乾いたの空気が、今も先かられようとしなかった。
そんな法事から3が経った、ある朝のことである。 作業台に座って拡鏡を拭いていると、の入りの方から、ドッドッドという苦しいのエンジン音が響いてきた。 窓のに目をやると、黒い型の国産セダンが、仕てのの狭いを杯に埋めるようにして急した。
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バタンとのドアがくと同に、を突くほどい級なの匂いが、格子戸の隙から仕事へと流れ込んできた。
引き戸がガラガラとき、まず嫁の美が、いヒールの音を響かせて入ってきた。 続いて入ってきた息子の裕の顔を見ると、驚くほど酷くやつれていた。 頬骨が以よりもさらに鋭く突きて見え、その目のには、何もまともに眠れていない特の、どす黒く淀んだが落ちていた。 美は華やかな笑顔を浮かべ、級な包装に包まれた健康補助品のい箱を、私の目のに差ししてきた。 そのろに隠れるようにして入ってきた裕が、懐から通のい封筒を取りした。
「お母さん、これ、関節の痛みに番良いという、箱根のプレミアム温泉リゾートの宿泊券ですよ。2泊3の贅沢なプランですからね」 裕が封筒を差ししてきた、私はあえて受け取らず、息子の指先をじっと見つめた。 その指は、微かに、しかし確かに震えていた。 封筒を握りしめる彼の指の関節はく張り、その瞳は、私の顔を直することを恐れるように、作業台のに散らばる絹のの切れ端へと泳いでいた。
40、細い針の穴に糸を通し続けてきた職の目は、その程度の微な焦りなど目で見抜いてしまう。
私は差しされた封筒にを触れず、作業台のに広げられた絹のを指差して、穏やかな声を装った。
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