"半纏に縫われた遺言" 第23話
私はその彼女の差しから目を背けることなく、正面からしっかりと受け止め、再びを向いて歩きした。 この部に取り残された老たちも、いつか必ず、誰かが救いのを差し伸べて、迎えに来なければならない。今回の事件で、この施設の凄惨な実態が聞やテレビを通じて世に広くれ渡れば、きっとその救いのが来るはずだと、私はく信じていた。
ロビーへと到着した、施設の「護部」と呼ばれていた配の女が、コンクリートののに両膝をついてひざまずいていた。 この3週の、私の顎を乱暴に掴んでたいおかゆをのに流し込み、「所持品検査だ」と言って私の半纏を力任せに脱がせようとし続けた、あの酷な女だった。 「佐々さん……! 申し訳ありませんでした! 私が悪かったのです! どうか、警察への証言を、度だけ、度だけでいいからお許しください……!」
彼女の声は、涙とで激しく濁り、に額を擦り付けていた。 私は歩みを止め、ののその女の姿を、い位置からたく見ろした。 わずか1まで、老を畜のように扱い、私の首を乱暴に掴みげていたその傲なが、今はたいコンクリートのので、恐怖のあまりガタガタと激しく震えていた。 私は無言のまま、い、彼女の姿をじっと見つめ続けた。
広告
この女を、として激しく憎むべきなのか、それとも、ただのれな犯罪者として憐れむべきなのか、私ののでは、まだ確な答えが決まってはいなかった。 私は言も発することなく、彼女の横を静かに通り過ぎていった。 「許し」という決定な言葉は、まだ私がので決められるような、軽いものではなかった。この檻のに閉じ込められ、今なお苦しんでいる、のくの老たちの無の分も含まれているのだから。
廊の突き当たりの玄関付で、ガチャン、と鋭い属音が響き渡った。 院の両首に、たい本物の鉄錠がはめられる、その決定な音が、静まり返ったロビー全体にしく響き渡った。 3週、「なない程度に薬をませておけ」と酷に言い放っていた彼のは、今は警察官に向かって、「私は指示に従っただけだ、売買の詳細はらない!」と、見苦しい言い訳を延々と発し続けていたが、周囲の捜査官たちは誰も彼の言葉にを貸そうとはしなかった。
その錠の「カチン」という鋭い響きが、私の40の胸のに溜まっていた、い使えを綺麗に消しってくれる音のように、胸の奥くまでよく響き渡った。 施設のい正面玄関のドアが、側に向かってきくかれた。 1ヶぶりに、目のに、切の遮る鉄格子も網戸もない、本物のの広な空が、ドラマチックに目のに広がった。
広告
の朝の、凛と張り詰めたたい空気が、私のから胸の呼吸を通じて、肺の奥くまで気に流れ込んできた。 の先が、両目が、全の皮膚が、寒さでビリビリとたかったが、そのたさのすべてが、今、自分が自由な世界できているという、絶対な証拠だった。
私は庭の真んにち、ゆっくりと空を見げた。 つない、突き抜けるような、どこまでもい青空だった。 この1ヶ、部の狭い鉄格子の角い隙からしか見ることのできなかったあの空を、今、初めて何物にも遮られることなく、この両目でしっかりと仰ぎ見た。 空というものが、これほどまでに広だったこと、そして、の空気が、これほどまでに甘く美しかったという事実を、私はで初めて、の底から実していた。
目尻から涙がとめどなく流れ落ちたが、私はそれをで拭おうとはしなかった。 この涙は、から隠さなければならない、あの檻のでの惨めな涙ではなかったからだ。 今着ている、古い黒い半纏のずっしりとしたみが、今に限って、世界で最も頼もしい防具のようにじられた。 夫が裏に命がけで縫い込んでくれた、あの実印と信託契約の原本が、今、私の肋骨の横で、確かなみをもって私を支えてくれていた。 査察班が押収した施設の類とラジオの記録媒体が、病院側の罪を完全に暴くものであるならば、この半纏のに眠る証拠は、息子夫婦の産詐欺ビジネスに、完全な終止符を打つための、最の絶対な切り札だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第31話
柿の木の下、三十年の帰郷
私が 18 歳の時、何も母に告げず密かに自衛隊へ入隊した。 荒れた訓練と幾多の任務を乗り越え、ちょうど二十年後、副司令となって故郷へ戻った。 村の入り口に足を踏み入れた瞬間、目の前の光景に足が止まった。 母が悪徳な村人たちに囲まれ、地面に頭をつけ土下座させられていたのだ! 二十年、私は遠くで出世を重ねた。 権力も地位も手に入れた今、誰一人母を傷つける者は許さない。 長年積もった悔しさと親子の絆が爆発する復讐帰郷物語、開幕。人生逆転|裡切られた|怒り|金銭問題4.7萬字5 176 -
完結第25話
妻のポーチから見つかった結婚指輪
結婚二十二年。 私は、自分たち夫婦ほど平凡で幸せな家庭はないと信じていた。 仕事を頑張る妻を支え、娘を育て、老後のために二十年以上かけて少しずつ貯金を続けてきた。 それが私の人生だった。 だが、妻の出張帰りの荷物を片付けた、たった一度の善意が、その人生を根底から覆すことになる。 下着のポーチの奥から見つかった黒い箱。 その中には、見知らぬ男との結婚指輪と、私たちの老後資金二千百五十万円が入った、別名義の預金通帳が隠されていた。 愛していた妻。 二十年以上親友だと信じてきた男。 そして、私だけが何も知らないまま利用され続けていたという残酷な真実――。 これは、一人の夫がすべてを失い、すべてを取り戻すまでの記録である。真実|裡の顔|真相|ATM扱い|金銭問題|修羅場3.8萬字5 160 -
完結第18話
浴室の鍵
「どうして、お風呂のたびに鍵をかけるの?」 その小さな違和感が、家族のすべてを壊す始まりだった。 認知症の母を介護する専業主婦・ゆみ子は、夫の紹介で甥の達也に介護を手伝ってもらうことになる。 礼儀正しく、優しく、介護の知識も豊富な達也。 誰もが彼を信頼していた。 だが、浴室の鍵が閉まるたび、母の表情は恐怖に変わり、身体には説明のつかない痣が増えていく。 誰にも信じてもらえない中、ゆみ子は密かに証拠集めを始める。 そこで明らかになったのは、高齢者虐待だけでは終わらない、家族の欲望と裏切りだった。 最後に暴かれる真実は、あなたの想像を超える。真実|裡の顔|真相|親子関係|介護|修羅場2.7萬字5 435 -
完結第6話
レジ越しの再会
68歳の幸子は、年金10万円の暮らしを支えるため、今もスーパーのレジに立っている。 ある日、彼女の前に現れたのは、5年前に喫茶店で幸子の年金額と仕事を笑った友人・道代だった。 かつては海外旅行や積み立ての利益を語り、余裕のある暮らしを誇っていた道代。けれど再会した彼女の買い物かごには、半額の惣菜と安い食パンが入っていた。 「まだ働いてるのね」 5年前と同じ言葉。だが、その声にはもう、あの時の軽さはなかった。 レジに残されたポイントカード。そして、その下に挟まれていた一枚の紙。 そこには、たった一言だけ書かれていた。 「相談があります」 5年前、笑っていた人に何が起きたのか。 同じ喫茶店で向き合った二人は、老後のお金、後悔、そして人を笑うことの本当の意味を知っていく。孤獨|金銭問題8.6千字5 1 -
完結第5話
別室で食べてと言われた母
「母さんは、ここで食べないで」 週末の夕食、佐々木陽子は自分が作った料理を前に、息子からそう告げられた。 三十年間、一流ホテルでフレンチの調理師として働き、息子の教育費も住宅購入も支えてきた母。 それでも嫁は、陽子の料理を「古い」「衛生面が心配」と見下し、ついには家族の食卓から別室へ追いやった。 リビングから聞こえてくるのは、陽子が作った料理を囲む家族の笑い声。 その夜、眠れずにいた陽子は、息子夫婦と夫の本音を聞いてしまう。 「お母さんはお荷物でしょう?」 さらに彼らは、陽子を施設に入れ、実家の土地を売る計画まで話していた。 その瞬間、陽子の中で何かが静かに終わる。 翌日、彼女は弁護士のもとへ向かった。 退職金三千万円、実家の土地八千万円、株式二千万円。 合計一億三千万円を超える財産は、すべて陽子個人のものだった。 そして彼女は決める。 財産も、尊厳も、これからの人生も、もう誰にも渡さない。 全財産を守ったまま実家へ戻った陽子は、再び包丁を握り、料理教室を開く。 一方、母を“お荷物”と呼んだ息子家族の日常は、静かに崩れ始めていく――。親子関係|介護|金銭問題7.0千字5 29 -
完結第5話
たった五万円と言われた夜
孫の成績祝いに、田中かよは息子夫婦と孫を高級寿司店へ招待した。 年金暮らしの彼女にとって、5万円を超える会計は決して軽いものではなかった。 それでも、孫が喜んでくれるなら十分だと思っていた。 しかし席に着いた瞬間、嫁の美咲はかよを家族の輪から外すように、カウンターの端へ座らせた。 息子の賢一もそれを止めず、食事中も誰もかよの言葉に耳を傾けない。 そして会計を済ませた直後、かよの耳に届いたのは、あまりにも冷たい一言だった。 「たった五万で恩着せがましい顔する気なのかな」 さらに息子は笑いながら言う。 「母さんが払いたいんだろ。ありがとって言っとけばいいんだよ」 その瞬間、かよの中で何かが静かに折れた。 夫を亡くしてから、息子家族のために家を売り、借金を支え、生活費まで負担してきた十年。 けれど彼らにとって、かよは家族ではなく、都合のいい財布でしかなかった。 翌朝、かよは通帳、契約、名義、すべてを整理し、最低限の荷物だけを持って家を出る。 誰にも告げず、誰にも頼らず、別のマンションで一人暮らしを始めるために。 「今日から、私の人生」 そう呟いたかよの静かな反撃が、息子夫婦の日常を少しずつ崩していく――。ATM扱い|絶縁|親子関係6.9千字5 15 -
完結第4話
年金十二万円の老人の正体
川崎の銀行窓口に、古びた作業着を着た75歳の老人・西川誠三がやって来た。 海外出張中の息子に頼まれ、正式な委任状を持って残高確認に訪れただけだった。 しかし若い行員は、誠三の年金額と市営住宅の住所を見た瞬間、彼を見下した。 「年金十二万の貧乏人が、何しに来たんですか?」 さらに支店長まで現れ、老人を詐欺師扱いし、ついには言い放つ。 「ボケ老人は銀行に来るな」 誠三は怒鳴らなかった。 ただ静かに銀行を出て、一本だけ電話をかけた。 相手は息子・西川雄一。 全国に関連会社を持つ巨大建設グループの社長だった。 「みずほ第一銀行との取引を停止する」 その一言で、銀行本店に緊急アラートが走る。 総額一兆円規模の取引が一斉に止まり、翌朝、銀行役員たちは50台の黒塗り車で誠三のもとへ謝罪に向かった。 だが、彼らがどれほど頭を下げても、一度踏みにじった老人の尊厳は、簡単には戻らなかった――。年金|退職金|金銭問題5.9千字5 7