"半纏に縫われた遺言" 第31話
彼は朝の暗いから仕事に来て、浅ののい荷物をトラックの荷台へと積み込みながら、作業を汗でびっしりと濡らしていた。 私が用してきた、鉄製の鋳物の古い踏みミシンがすぎて、若い男性の力でもではとても持ちがらないでいると、鉄男は「俺に任せなさい」と言って腰をく落とし、その頑な両腕で、軽々とミシンを持ちげてトラックへと運び込んでくれた。
すべての荷物の積み込みが終わり、しいへの搬入もすべて無事に完したのことである。 私は、用していた引っ越し代の賃の入った、ずっしりとした封筒を鉄男のに差ししたが、鉄男は両を激しく振って、歩ろへとがった。 「……女将さん、何言ってるんですか! 25に佐々のご主からいただいた、あの娘の命の恩の『利息』はねえ……私が命をかけてあなたをあの檻から救いした、今の仕事で、すべて綺麗にお返しできたとっています。……だから、こんなおは、俺は絶対に受け取れませんよ!」
鉄男の両目は、激しい興奮のせいで赤く充血していた。 私は無言のまま歩み寄り、そのい封筒を半分に折り曲げると、鉄男の着ている青いベストの胸ポケットのへと、裁士の力い付きで引にねじ込んだ。 「……鉄男さん。
広告
25の利息なんてものはねえ、あんたがあの奥の堂で私の半纏の菊結びを見つけてくれた、あの瞬にねえ、全部お釣りが来るくらい綺麗に返してもらったよ。……これはねえ、ただの、浅の職としての、今の引っ越しへの正当な賃なんだからね。……職のプライドにかけて、しく受け取りなさい」
私のい言葉に、鉄男は「ズズッ」とをすすりながら、私のでく、くをげて挨拶した。 彼はトラックの運転席に乗り込み、力くエンジンをかけた。 材トラックが、郊のしいののをきく曲がって抜けていく、プップーと、クラクションの音が2回、静かに響き渡った。 それは、浅ののらしい、彼なりの最の別れの挨拶だった。 私は、しいの製の玄関ドアを、自分ので静かにけた。
夫が、に自ら材へ向いて選んだという、質な材で作られたドア枠から、爽やかなしいの匂いが、優しく漂ってきた。 3の、主のいない空きとして眠っていただったが、夫が残してくれたの温もりが、今もい壁の隙に、温かく染み付いているかのようだった。 居のきな窓からは、の午の、うららかな差しが面へとり注いでいた。 桜は、玄関でスニーカーを脱いでのにがると、嬉しそうにトトトトと軽い音をてて、2階へと続く階段を駆けがっていった。
広告
夫がに、病体を押して自ら壁を貼ったという、2階の側の部のドアがく音がした。 そこは、若のみずみずしいの壁が方に貼られた、変温かく、当たりの良い美しい部だった。 桜は、部のをクルクルと楽しそうに回りながら、両をげて歓声をげた。 「……おばあちゃん! この若のお部、本当に私の部にしていいの……!?」 私は階段をゆっくりと登り、部の入りから孫娘の笑顔を見つめて、優しく頷いた。 「そうだよ、桜。おじいちゃんがねえ、あんたがいつかきくなったのために、を込めて作っておいてくれた、あなただけの特別な部だよ」
桜の両目は、まるで夜空ののように、キラキラと輝きを取り戻していた。 窓から差し込む、の温かい差しが、若の壁ので、柔らかく、優しく広がっていく。 桜は窓際にち、嬉しそうにの景を眺めていた。 庭の真んには、夫が植えたという派な柿のが1本、力く根を張って佇んでおり、その向こう側には、どこまでもいの青空が、広く、果てしなく広がっていた。 両親の激しい鳴り声や皿の割れる音が、毎晩のように壁を伝って聞こえてきていた、あの浅の暗いアパートの部とは、文字通りのとほどの差があった。
桜は窓際から振り返り、私を見て「ふふっ」
と嬉しそうに笑ってみせた。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
18万円の甘い嘘
62歳の桂木節子は、夫を亡くしてから一人、わずかな年金と弁当工場のパート代で暮らしていた。 暖房代も食費も削り、1円の無駄も許さず生きてきた彼女。そんな節子がある夜、帰りたくない寂しさに押され、新宿のホストクラブの扉を開けてしまう。 そこで出会った若いホスト・涼介は、荒れた手を見て「素敵ですね」と微笑んだ。 誰にも褒められず、誰にも必要とされない日々の中で、その一言は節子の心を簡単に揺らした。最初は一度だけのつもりだった。けれど、優しい電話、甘い言葉、「特別」という囁きに、彼女の生活は少しずつ壊れていく。 貯金は消え、借金が増え、仕事も失いかけた時、節子はようやく気づく。 自分が本当に求めていたのは、若い男の笑顔だったのか。 それとも、ずっと言えなかった「寂しい」という一言だったのか――。ATM扱い|金銭問題2.1萬字5 751 -
完結第11話
ママ卒業の代償
7歳の孫・ひなが、突然学校へ行けなくなった。 息子夫婦から頼まれ、しばらく預かることになった私は、玄関に立つひなの姿を見て言葉を失う。昔はよく笑い、庭を走り回っていたあの子が、まるで感情をなくしたように無表情になっていたのだ。 声をかけても返事はなく、夜中には眠りながら何度も「ママ、ごめんなさい」と繰り返す。学校で何かあったのだと思っていた私たち夫婦は、ひなを責めず、ただ安心できる場所を作ろうとした。 少しずつ笑顔を取り戻していくひな。そんなある日、一緒にクリスマスケーキを作っていると、彼女は涙を浮かべてこう言った。 「助けて。私を、この家の子供にして」 その一言で、私たちは本当の異変に気づき始める。 ひなが怖がっていたのは、学校ではなかった。そして、母親がネット上で見せていた“理想の母親像”には、誰も知らない大きな嘘が隠されていた。 それから16年後。 パティシエになったひなのもとへ、1本の電話がかかってくる。そこから明かされたのは、あの日すべてを捨てて“ママを卒業した”女の、その後の姿だった。祖父母と孫|親子関係1.7萬字5 575 -
完結第10話
形見を捨てた嫁の代償
妻の三回忌の日、68歳の竹内正男は、久しぶりに帰ってくる息子一家のため、亡き妻がよく作っていた煮物と甘い卵焼きを用意していた。 孫に妻の思い出を伝えようと、正男は40年間大切に使われてきた花柄のエプロンを見せる。それは妻が家族のために台所に立ち続けた証であり、正男にとって何より大切な形見だった。 しかし嫁の彩花は、そのエプロンを何のためらいもなくゴミ袋へ放り込む。 「古いものは整理した方がいいですよ」 その一言で、正男の中の何かが静かに崩れた。 ところがその後、彩花は仏壇の横に置かれた一通の封筒を見つける。そこに書かれていたのは、マンション2棟と預金3000万円、そして遺言書という文字。 次の瞬間、さっきまでゴミ扱いしていた形見を、嫁は突然「大切にします」と言い出した。 形見の本当の価値は、金で測れるものなのか。 亡き妻が残したエプロンをめぐり、家族の本音が静かに暴かれていく。親不孝|親子関係1.5萬字5 1984 -
完結第12話
義母ATM、ハワイへ消ゆ
67歳のみち子は、息子夫婦と孫たちを迎えるため、今年も静かに正月の準備を始めていた。 ところがクリスマスの朝、嫁の歩美から突然告げられる。 「今年は15人で行きますから」 食事、寝具、お年玉、観光費まで、すべて義母であるみち子が用意する前提。さらに歩美は、SNSでみち子を「ATMみたい」と笑い、長年の援助まで馬鹿にしていた。 37年間働き、息子夫婦に2500万円以上を援助してきたみち子は、その日ようやく気づく。 自分は家族に大切にされていたのではない。都合よく使われていただけだったのだ。 そして12月29日。 15人が玄関前に集まった時、家の鍵は開かなかった。 その頃みち子夫婦は、すでに日本にはいなかった――。ATM扱い|親子関係1.8萬字5 9052 -
完結第12話
タダ宿の代償
64歳の佐々木敦子のもとに、久しぶりに長男・大輔から電話がかかってきた。 連休に家族で帰ってくるという話に、最初は孫に会える喜びを感じた敦子。だが大輔は、当然のようにこう言った。 「母さんの家に泊まるから。ホテル代もかからないし」 しかも泊まりに来るのは、息子一家だけではなかった。嫁の両親、妹夫婦、友人夫婦まで含めた総勢10人。食事、布団、タオル、駐車場、留守番まで、敦子の家はいつの間にか“無料の宿”として扱われていた。 それでも家族のためならと我慢しかけた敦子だったが、旅行の三日前、切れていなかった電話の向こうから、息子夫婦の本音を聞いてしまう。 「母さんの家使えばタダじゃん」 「お母さんってちょろいよね」 その瞬間、敦子の中で何かが静かに切れた。 この家は、3500万円を出して自分が買った家。誰かが当然のように使っていい場所ではない。 翌日、敦子は弁護士へ相談し、玄関の鍵を替える。 そして連休当日。何も知らずに10人で家の前へやって来た息子夫婦を待っていたのは、もう開かない玄関だった――。親不孝|親子関係1.9萬字5 4405 -
完結第11話
保険金つき同居
夫を亡くし、一人暮らしを続けていた70歳の渡辺みよ子。 息子夫婦から「もう一人で頑張らなくていい」と言われ、長年暮らした家を売り、その1500万円を新居の購入資金に充てて同居を始めた。 最初は、家族に囲まれた穏やかな老後が始まるはずだった。 しかし2ヶ月も経たないうちに、生活費の負担、食事の制限、通帳の管理要求……みよ子の居場所は少しずつ奪われていく。 そんなある日、ゴミの中から見つけたのは、自分を被保険者にした生命保険の書類だった。 そして深夜1時。 二階の寝室から聞こえてきた息子夫婦の会話で、みよ子はすべてを知る。 家族だと思っていた人たちは、いつから自分の老後ではなく、自分の財産を見ていたのか。 震える手で録音ボタンを押したその夜から、70歳の母の静かな反撃が始まった。人生逆転|親子関係1.7萬字5 370 -
完結第10話
真っ暗な部屋の退学届
姉を突然亡くした39歳の孝太郎は、残された高校生の姪・美緒を引き取ることを決めた。 母を失ったばかりなのに、泣き言ひとつ言わず、家事も勉強もこなす美緒。孝太郎は「しっかりした子」だと思い、少しずつ二人の生活は形になっていく。 だがある夜、仕事から帰ると部屋は真っ暗だった。 美緒の部屋を開けた孝太郎が見たのは、床に並べられた荷物、通帳、求人誌、そして一枚の退学届。 母を亡くした少女は、本当は何を抱えていたのか。 その夜、亡き姉が残した一通の手紙が、二人の止まっていた時間を静かに動かし始める――。第二の人生|親子関係1.4萬字5 546 -
完結第13話
止まったカードと空の家
夫の正文が「会社の旅行」と言って家を出た朝、私はすべてを知っていた。 行き先で待っているのは会社の同僚ではなく、高校時代からの親友・美津。しかも夫は、私名義のクレジットカードを勝手に使い、親友との食事や買い物にまで手を出していた。 泣いて問い詰めることはしなかった。証拠はすでにそろっている。娘も、父親の異変に気づいていた。 「引っ越すよ」 夫が浮気旅行を楽しんでいる間に、私は娘と新しい家へ向かった。そして夫のカードを止め、彼の荷物を“ある場所”へ送りつける。 旅行先で支払いができなくなった夫。荷物を受け取った親友の家。そして、空っぽの部屋へ戻ることになる裏切り者。 夫と親友を同時に失った私が、娘と本当の人生を取り戻すまでの物語。夫婦|親子関係|不倫1.9萬字5 13047 -
完結第9話
ブサ婿の正体
毒親に支配され、家の借金を返すための道具として生きてきた長嶋咲。 父は恐怖で縛り、母は涙で罪悪感を植えつける。進学も、仕事も、お金も、すべて親の都合で奪われてきた咲は、ついに資産家の息子・御堂剛との結婚まで勝手に決められてしまう。 相手は地味で冴えない男性。愛情などない、ただの取引結婚――咲はそう割り切るしかなかった。 しかし結婚初夜、2人きりになった途端、剛は静かに口を開く。 「実は俺、7年前からあなたのことを知っていました」 差し出されたのは、両親の借金に関する書類。そして、咲自身も忘れかけていた冬の夜の記憶だった。 利用するつもりだった結婚相手は、本当に咲を縛る人間なのか。 それとも、初めて彼女を自由にしてくれる人なのか。 これは、誰にも見てもらえなかった2人が、遠回りの果てに互いを選び直す物語。夫婦|親子関係1.4萬字5 2589 -
完結第11話
追放母の25億売却
お盆のため、長崎から東京の息子夫婦のペントハウスを訪れた田中春江。 亡き夫に手を合わせ、息子の好物を詰めた重箱を抱え、半日かけて上京した彼女を待っていたのは、温かな家族の食卓ではなかった。 嫁・里奈は春江の手料理を目の前で捨て、安いホテルの予約票を差し出す。さらに息子夫婦は、自分たちが旅行へ行く間、愛犬の世話だけを春江に押しつけようとしていた。 長年、息子のために働き続け、すべてを与えてきた母。だがその日、春江はようやく気づく。 自分は家族として呼ばれたのではない。ただ都合よく使われるために呼ばれただけだった。 その夜、春江は20年以上連絡を取っていなかった“ある人物”に電話をかける。 翌日、息子夫婦が暮らしていた天空の城は、静かに動き始めた――。人生逆転|親不孝|親子関係1.6萬字5 3627