"母が家を消した日" 第2話
はそっとベッドに横になった。井を見つめながら、今聞いた言葉がので繰り返される。施設に入ってもらえば、このマンションを売れば、ここ私たちのになるの。
涙が止まらなかった。枕が濡れていくのをじながら、は目を閉じた。からどうしたらいいのか、息子たちにどんな顔をして会えばいいのか、何も考えられなかった。から救急のサイレンがくに聞こえ、そしてまた静かな夜が戻ってきた。はその静けさので、ただ震えていた。しかし、彼らはらなかった。この75歳の母親が、どれほどい志を持っているかを。
816の朝、カーテンの隙からのい差しが差し込んでいた。は、昨夜ほとんど眠れないままベッドので目をけていた。計を見ると午6半である。いつもならもう起きて朝の準備を始めるだった。しかし今は体がかなかった。
施設に入ってもらえば、このマンションを売れば――。
はゆっくりと体を起こした。鏡を見ると目のに濃い隈ができている。顔を洗わないと、そういながら洗面所へ向かった。たいで顔を洗うとしだけ目が覚める。でものさは変わらなかった。
キッチンへき、朝の支度を始める。ご飯を炊き、噌汁を作り、焼き魚を焼いた。
広告
いつもと同じ朝の作業。でも今は指先が張っていた。
「おはようございます、お母さん」
健がリビングに現れた。
「おはよう」
はできるだけ普通に答えた。息が詰まりそうだった。この息子が昨夜あんなことを言っていたなんて。
「よく眠れましたか?」
健はいつもと変わらない優しい声で聞いてくる。
「ええ、よく眠れたわ」
は嘘をついた。続いて美紀もりも起きてきた。朝の準備がい、4で卓を囲む。
「いただきます」
4の声がなった。は箸を持つに力を入れる。普通に振るわなければならない。
「お母さん、今も暑くなりそうですね」
美紀がにこやかに話しかけてきた。
「そうね」
はく答える。この笑顔の裏で何を考えているのだろうか。そううと、美紀の表がまるで仮面のように見えた。
「お母さん」
健が急に真面目な顔になる。のが止まった。
「最、物忘れがくないですか?」
その言葉に緊張がる。ついに来たのだ。昨夜の話の続きが。
「いいえ、そんなことは……」
は否定しようとしたが、声がかすれた。
「昨も同じ話を何度もされましたよ」
美紀が配そうな顔で言う。でも、その目は笑っていなかった。
「そうだったかしら……」
は自分でも自信がなくなってくる。
「お母さん、悪いことじゃないんです。齢をねれば誰にでも健康にある変化ですから」
広告
美紀が続ける。
「でも、めに病院で検査してもらった方がですよ」
美紀の声には何かい志がじられた。ののが混乱し始める。本当に私は物忘れがいのだろうか。
「配なんです、お母さんのことが」
美紀がのを取った。その温かいが、今はとてもたくじられる。
「度、脳神経科で診てもらいましょう」
健も優しい声で言いました。は2の顔を見た。配そうな表。でも昨夜の会話がかられない。
私を認症にする気なんだ。そううと背筋が凍りついた。
「考えさせてちょうだい……」
はさな声で答える。
「お母さん、い方がいいんですよ。認症は期発見が切なんです」
健が説得するように言った。
認症。その言葉を聞いてのもわなわなと震える。持っていた噌汁のお椀がテーブルに置かれるにきな音をてた。し噌汁が溢れる。
「ほらお母さん、やっぱりが震えているじゃないですか」
美紀がすぐに指摘した。
「丈夫よ。ちょっと持ち方が悪かっただけ」
は必に弁解する。
「無理しないでください。今週に病院の予約を取りますから」
健がもう決めたように言った。は何も言えなかった。反論すればもっと疑われるような気がしたのである。
朝が終わり、片付けを始める。いつもなら美紀が伝ってくれるのだが、今はリビングでテレビを見ていた。
は1でキッチンにっている。器を洗いながら涙がそうになった。
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
凍える孫と消えた家
年末、麻子が息子夫婦の家を訪ねると、十四歳の孫・音実が靴も履かず、凍える庭に置き去りにされていた。父親たちは義姉を連れて海外旅行へ出たという。ところが空港から逃げ帰った義姉・杏奈の告白により、二人の少女が受けていた仕打ちと、音実に掛けられた一億五千万円の生命保険が明らかになる。 これは単なる育児放棄ではなかった。実の娘の命まで金に換えようとした息子に対し、土地も家も握る麻子は静かに反撃を開始する。三週間後、旅行から戻った夫婦を待っていたのは、豪邸が跡形もなく消えた更地と、彼らの人生を根底から崩すさらに大きな罠だった――。祖父母と孫|絶縁|親子関係|修羅場2.5万字5 629 -
完結第14話
1000万円のハワイ旅行を贈ったら、私だけ家族から外されました
亡き夫との夢を叶えるため、息子一家と両家の親が参加するハワイ旅行に一千百二十万円を支払った静江。ところが出発直前、息子の健太から「行くのは妻の両親だけ。もう連絡しないでほしい」と告げられる。六年間続けてきた住宅ローン援助や孫の送迎まで当然のように扱われていた静江は、息子の希望どおり、すべての支援を打ち切った。 息子夫婦がハワイを満喫している間、静江のもとに旅行代理店から精算書が届く。そこには、健太が二か月前から母を旅行者名簿から外し、「重度の認知症と末期癌の疑いがある」と虚偽の申告をしていた記録が残されていた。 さらに義弟からの電話で、健太が静江を判断能力のない高齢者に仕立て、成年後見人として財産管理権を握ろうとしていることが判明する。狙われていたのは、資産価値八千万円の自宅と三千万円の老後資金。しかも計画には、嫁とその父親、虚偽の診断書を作った医療関係者まで関与している疑いがあった。 静江は弁護士と任意後見契約を結び、正常な認知機能を証明する診断書と旅行代理店の通話記録を確保する。そして帰国した息子夫婦を待っていたのは、止められた送金、返送された孫の荷物、そしてホテルのテーブルに並べられた逃げ場のない証拠だった。家族旅行から排除した母が、自分たちの計画をどこまで知っているのか――二人がそれを理解した時、作り上げた“幸せな家族”の姿が崩れ始める。嫁姑|親不孝|親子関係2.2万字5 612 -
完結第16話
退職金を狙った息子夫婦と、亡夫の最後の記録
三十八年勤めた病院を退職した夜、久美子は息子夫婦から一枚の振込用紙を差し出された。 金額は、退職金の全額にあたる千八百万円。 「孫の将来のため」と迫られた久美子は署名を拒み、亡夫が残した通帳を調べ始める。すると、死後も三年間続いていた謎の送金と、《健太には知らせるな》という赤い文字が見つかった。 さらに孫本人は、息子夫婦が語る私立高校も医学部も望んでいなかった。 家族のために用意されたはずのお金は、いったい誰の借金を埋めていたのか。亡夫の署名が入った二通の承諾書、銀行へ持ち込まれた偽の委任状、そして貸金庫に隠された最後の手紙。 久美子が送金を止めた瞬間、息子夫婦が長年隠してきた金の流れが、静かに崩れ始める。親不孝|絶縁|親子関係|退職金|金銭問題1.1万字5 811 -
完結第12話
兄の結婚式に、実の妹の席だけありませんでした
理沙は、兄・幸介の結婚式に呼ばれなかった。 母から告げられた理由は「本当に親しい人だけの小さな式」。しかし式当日、偶然届いた親戚からの連絡で、実際には七十人規模の披露宴が開かれ、自分だけが意図的に外されていたことを知る。 家族のために青春を捧げ、兄を支えてきた過去。だが、母と兄は理沙の離婚歴や仕事を理由に「相手の家に見せられない存在」として扱っていた。 傷つきながらも北海道で一人過ごした理沙は、帰宅後、兄から真実を聞かされる。しかし兄の説明は、母の言葉を繰り返すだけの言い訳だった。 なぜ自分だけが家族から消されたのか。 そんな中、兄の妻となったゆかから突然連絡が届く。 「どうしても直接お話ししたいことがあります」 そこで明かされるのは、母と兄が隠していた、結婚式欠席の裏にあるもう一つの真実だった。兄弟姉妹|親子関係|修羅場1.8万字5 580 -
完結第11話
両親を亡くした私が旅行から帰ると、実家が消えていた
両親を相次いで亡くした美穂に、夫・雅也が突然、一週間の温泉旅行を贈った。初めて見せた思いやりを信じて家を空けた美穂だったが、帰宅すると、思い出の詰まった実家は跡形もなく解体されていた。 雅也は土地を売り、その金で義実家を二世帯住宅にするつもりだった。しかし美穂が遺産を相続したというのは、三人の勝手な思い込みだった。名義変更前の家を無断で壊し、所有者の承諾書まで偽造した疑いが浮上する中、美穂は両親の思い出を奪った夫と義両親への反撃を始める。因果応報|嫁姑|夫婦|金銭問題1.7万字5 746 -
完結第17話
三日待て――命を懸けて起爆盤を粉砕した現場主任、120人を救い500億の黄金を暴く
奥羽鉱業・黒竹事業所で23年無事故を守り抜いてきた発破主任の酒井誠一は、ある朝、巨大な黒蛇の夢と坑道の異様な臭気から「発破を三日待て」と直訴する。しかし、工期短縮と300万円のボーナスに目が眩んだ現場監督・高木は酒井を即刻解任し、発破を強行しようとする。起爆まであと数秒、酒井は職を賭して大ハンマーで起爆装置を叩き壊した。 「狂人」と罵られ資材庫に監禁された酒井だったが、本社保安部長の介入と手帳に残された緻密な記録によって、高木の日報改ざんが白日の下に晒される。そして約束の三日目の朝――全坑内員120名が退避を完了した直後、山は地獄の咆哮とともに大崩落を起こした。九死に一生を得た男たちが崩落断面で目撃したのは、神の導きか、500億円の超高品位金鉱脈だった。職場逆転|因果応報3.2万字5 193 -
完結第14話
今日でクビだ」黒蛇の夢を信じて280万円の起爆装置を壊した俺。3日後、127人が退避した直後――山が崩れた
黒竹鉱山で24年間働く発破主任・酒井誠一は、黒蛇から「3日だけ待ってくれ」と告げられる夢を見る。第4区画の異臭、増えた湧水、変化した岩の反響にも危険を感じ、発破の延期を求めるが、高木監督は彼をその場で解任。さらに、同じ地点で繰り返されたガス警報まで日報から消されていた。工程を3日短縮すれば、高木には80万円の報奨金が入る。午後2時、未署名の確認表を無視して起爆準備が始まる中、酒井は工具箱からハンマーを取り出した。仕事も生活も失う覚悟で手に入れた3日後、127人の運命と山に眠る秘密が動き始める。因果応報2.0万字5 171 -
完結第16話
義弟嫁の「セレブ家族」に隠された十二年前の秘密
義弟嫁・真澄は、遥の手料理を「貧乏臭い」と罵り、熱々のおでんを床へ投げ捨てる。普段温厚な夫・幸介は激怒し、真澄の両親を呼び出した。 現れた両親の正体は、遥の叔父の会社から三千二百万円を横領し、海外逃亡していた指名手配犯だった。刑事に逮捕され、真澄の偽りのセレブ生活も暴かれる。 金目当ての結婚だったと知った義弟・高志は離婚を宣告。幸介も損害賠償と刑事告訴を突きつけ、真澄を絶縁する。すべてを失った彼女は、反省せず新たな金持ちを探して夜の街へ消えた。兄弟姉妹|夫婦|絶縁|修羅場2.4万字5 1940