"父の残した翼" 第7話
私は慌ててソファに横になり、眠っているふりをした。
リビングのドアがき、直さんが入ってくる。 彼の音は私のを通りすぎ、バスルームへと向かった。 シャワーの音が聞こえ始める。
やがてシャワーを終えた彼が寝へ入っていく気配がした。 私は彼が完全に眠りにつくまで、さらにを待った。 のがを打ったように静まり返る。
私はゆっくりと体を起こし、音をてないように廊にた。 母の部のドアはしだけいていた。 隙からを覗くと、母はベッドので毛布をまでかぶり、さな子供のように体を丸めて震えていた。 その姿に胸が張り裂けそうになるのをこらえ、私は本棚の写真てへとを伸ばした。
震える指先でカメラを慎に取りす。 のひらに収まるその械は、ひどくくじられた。 このさな械のに、私の信じていた世界の終わりが記録されているのだ。
私はカメラをしっかりと握りしめ、リビングへと戻った。 ノートパソコンを起し、ケーブルでカメラを接続する。 画面に録画されたファイルのアイコンが表示された。
私は唾をみ込み、震える指で再ボタンをクリックした。 ここに映しされていたのは、私の像、そして希望をこなごなに打ち砕くにはあまりにも残酷な景だった。
広告
ノートパソコンの画面に見慣れた母の部が映しされた。 父の写真の裏から撮された映像はし斜めになっていたが、ベッドに座る母・佐藤け子と、部に入ってきた夫・直の姿をはっきりと捉えている。
私は息を殺し、い入るように画面を見つめた。 臓の音が元でドクドクときく響いている。
映像ののは、私がっている彼ではなかった。 部に入るなり穏やかだった表が変し、え切った目で母を見ろしている。
「母さん、今夜こそいしていただけましたか?」 その声はく、のかけらもじられない。
母は子からベッドに移されたまま、さな体で震えていた。 「直さん、もうやめてください。あのおはあの子のために、あの子の将来のために、あのが残してくれたものなんです」
母の懇願する声は、と絶望に満ちていた。
「お父さんのことですか?くなったのことより、今をきているの活の方が事だと言ったはずですが」 直さんはそう言うと、ベッドのそばに膝をつき、母の麻痺の残る首を無造作に掴んだ。
「ゆみには毎晩マッサージをしていると言ってあるんです。しぐらい力を入れても文句は言われないでしょうね」 そう言って彼はぐっと首に力を込めた。
母のからい鳴が漏れる。
広告
顔は苦痛に歪み、麻痺していないでシーツを固く握りしめていた。 「やめて、お願い」
画面のの景が信じられなかった。 私がした夫が、体の自由な私の母をこんなに虐待している。 彼の目は父が残したというお。 その所を聞きすために、毎晩毎晩母を拷問していたのだ。
涙が頬を伝って流れ落ちた。 それはしみの涙ではなかった。りと悔しさ、そして自分の愚かさに対する絶望の涙だった。 なぜもっとく気づいてあげられなかったのか。 母が送っていた SOS に、なぜ私は気づかないふりをしていたのか。
映像ののはさらに母を追い詰めていく。 「母さん、僕だって本当はこんなことしたくないんですよ。僕とゆみが幸せに暮らすために、そして母さんの介護を続けていくためにおが必なんです。お父さんが残したそのおは佐藤のものではなく、僕たちのものになったんです。分かりますか?」
「違う……」 母は震える声で否定する。
「ゆみに直接渡すようにと遺言にもいてある」 母の言葉に、直さんの目がギラリとった。 「そんなものがあるんですか?どこです?それさえしてくれれば、もうあなたを苦しめることはしませんよ」
母は首を横に振るだけだった。 「言えない、言えません……」
「そうですか。では仕方がない」
直さんはちがると、無表で母の顔に自分の顔をづけた。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
消えなかった500円
昭和42年、町工場で働く佐々木正雄は、給料日のたびに茶色い封筒から500円だけを抜いていた。 家計を預かる妻・春江にとって、その500円は決して小さな額ではなかった。米代、学校の集金、娘の靴、毎日の食卓。10円、20円を切り詰めて暮らす中で、夫が理由も言わずに毎月同じ金額を消していくことが、春江にはどうしても許せなかった。 酒なのか、競馬なのか。それとも、妻には言えない誰かのためなのか。 問い詰めても、正雄はただ「俺の小遣いだ」としか答えない。夫婦の間に小さな疑いを残したまま、500円の謎は長い年月の中へ埋もれていった。 やがて時代は流れ、娘たちは巣立ち、正雄もこの世を去る。 遺品整理の途中、春江は押し入れの奥から一冊の古い大学ノートを見つける。そこに残されていたのは、昭和42年から何年も続く「500円」の記録だった。 夫が最後まで語らなかった、その金の行き先とは。 20年以上たって初めて明かされる、不器用な父の小さな秘密。人生逆転|親子関係1.5萬字5 306 -
完結第13話
消えた託児代7万円
2001年、東京の外れにある義実家で暮らす保育士のゆいは、夫の妹・安奈から何度も娘の子守りを押しつけられていた。 「保育士でしょ?」 「家族なんだから」 「今日だけお願い」 そう言われるたび、ゆいは仕事帰りに1歳のクレアを風呂に入れ、寝かしつけ、夜泣きにも起きてきた。けれど夫も義母も、それを“当然の手伝い”としか見ていなかった。 ある朝5時半、安奈は39度の熱を出したクレアを抱えて現れる。 「娘の子守りよろしく」 仕事を理由に断ろうとするゆいへ、夫は笑って言った。 「保育士なんだから慣れてるだろ。ケチくさいこと言うなよ」 その一言で、ゆいの中で何かが切れた。 なぜ安奈は、そこまで頻繁に娘を預けていたのか。 なぜ“仕事”と言って家を空ける日が増えていたのか。 そして、クレアの父親だけが知らなかった事実とは――。 便利な保育士として扱われ続けた嫁が、初めて「無理です」と告げた日、義家族の隠された嘘が静かに崩れ始める。兄弟姉妹|夫婦1.9萬字5 234 -
完結第13話
100億の身代わり花嫁
貧しさに追い詰められた28歳の美咲は、妹の命を救うため、68歳の不動産王・大鳥幻蔵との結婚を受け入れた。 5000万円の借金は消え、妹の手術費用も用意される。そう信じて臨んだ結婚式で、美咲は親族たちから「金目当ての女」と嘲られながらも、ただ耐え続けた。 だが初夜、幻蔵は優しい夫の顔を捨て、恐ろしい真実を告げる。 美咲は妻として迎えられたのではなかった。100億円の借金と危険な会社を押しつけられる“身代わり”として選ばれたのだ。 妹を人質に取られ、逃げ道を失った美咲。夫、親族、裏社会、病院までもが敵に回る中、彼女は静かに涙を拭う。 誰も知らなかった。 彼らが「底辺の女」と笑った美咲こそ、10年間、父の死の真相を追い続けてきた人物だったことを――。夫婦|金銭問題1.9萬字5 661 -
完結第13話
福嫁の逆転茶屋
江戸の日本橋にある茶屋「泡雪屋」の若旦那・宗介は、店の立て直しのため、評判の商人・泉屋五兵衛の娘を妻に迎えることになる。 宗介が望んでいたのは、江戸でも噂になるほど美しい姉・お花だった。美しい女将がいれば、傾きかけた店にも客が戻る。そう信じていたからだ。 しかし、五兵衛が宗介に差し出したのは、お花ではなく、ふくよかで目立たない妹・福だった。 祝言の日、客たちは陰で笑い、宗介自身も心のどこかで落胆を隠せなかった。だが、福が作る菓子と入れる茶は、少しずつ泡雪屋の空気を変えていく。 派手ではないのに忘れられない味。人の心の奥にしまわれた記憶を呼び起こす菓子。福は、宗介が見落としていた“商いで本当に大切なもの”を静かに見せていく。 やがて泡雪屋は、思いがけない形で評判を取り戻していく。 なぜ、泉屋五兵衛は美しい姉ではなく、福を宗介に嫁がせたのか。 そして若旦那が、かつて落胆した嫁に深く頭を下げることになった理由とは――。嫁姑|夫婦1.9萬字5 87 -
完結第14話
35万円の空冷蔵庫
大晦日、妻の弓が35万円かけて用意した正月料理が、冷蔵庫から一つ残らず消えていた。 持ち去ったのは、夫・健一の母と弟。松阪牛、タラバガニ、有名料亭のおせちまで奪いながら、彼らは笑ってこう言い残す。 「明日はカップ麺でも食べてなさい」 20年間、“長男の嫁”として姑に尽くし続けてきた弓。いつか本当の家族として認めてもらえると信じ、理不尽な仕打ちにも耐えてきた。 しかし、その夜、健一は知ってしまう。食材を奪っただけでは終わらない、母と弟が5年前から隠し続けていた金の秘密を。 元日の新年会。食卓に並んだのは、豪華な料理ではなく一箱のうどんだけ。 だが、襖の向こうには親戚たちが集まり、20年間隠されてきた佐藤家の本性を静かに聞いていた――。兄弟姉妹|夫婦2.1萬字5 2289 -
完結第13話
十六歳の毒薬花嫁
江戸中期、奥州郡山の大店・高野家には、余命三月と告げられた若旦那・湊がいた。 歩くこともままならず、医者からは「春までもたぬ」と見放された男。誰も嫁ぎ手など現れないと思われたその家の門を、ある冬の朝、十六歳の娘・凛が一人で叩く。 「三月なら三月、三日なら三日でも構いません」 そう言って自ら若旦那の嫁になった凛だったが、彼女には誰にも明かしていない目的があった。 苦くないはずのない薬。帳簿に増え続ける不自然な数字。井戸へ捨てられた父の形見。 病とされていた若旦那の命、罪人にされた父の名、そして大店に二十一年隠されてきた嘘。 十六歳の娘が嫁いだ本当の理由が明らかになる時、高野家の運命は大きく変わり始める。夫婦2.0萬字5 63 -
完結第14話
銀行にいた偽妻
60歳の斎藤かよ子は、夫・剣一を大阪出張へ送り出したはずだった。 しかし午前11時17分、銀行から一本の電話が入る。 「ご主人が、奥様と同じ名前の若い女性と一緒に来店されています」 その女性は、かよ子の名前を名乗り、住所や生年月日、家族の情報まで正確に答えていた。しかも夫は、その女を自分の妻として銀行に紹介し、かよ子名義の資産に関わる重要な手続きを進めようとしていた。 ただの浮気ではない。夫は、かよ子の服装、癖、署名、人生の記録までも利用し、“もう1人の妻”を作り上げていた。 37年間信じてきた夫が、本当に奪おうとしていたものは財産だけだったのか。 そして、何も知らない妻を演じ続けたかよ子が、最後に銀行で見せた反撃とは――。人生逆転|夫婦2.1萬字5 1480