"支えを手放す日" 第17話
「あ……」
孝志のからのない空気が漏れた。言い返す言葉など世界のどこを探しても見つからなかった。彼が何を言っても、それは全て美奈のおと信用できてきた男の空虚な負け惜しみでしかないからだ。
「きましょう、彩佳。」
美奈はにうずくまる孝志に背を向けた。もう度と振り返ることはなかった。彩佳もまた父親に礼もくれることなく、母親と並んで歩きした。
自ドアがき、のるいがを包み込む。タクシー乗りへと向かうの背は、これからのしいに向かって力く、そして穏やかにんでいった。
取り残された孝志はたいので、ただち尽くすことしかできなかった。彼の目のには誰もいない。全てを失ったという絶対な現実だけが、彼のと体をくたく押しつぶしていた。
空港のにると、空は抜けるような青空だった。ハワイの乾いたい差しとは違う、本のし湿ったけれどどこかほっとするようなが吹き抜けていく。
「お母さん、タクシー来たよ。」
彩佳がをげて台のタクシーを呼び止めた。
「ありがとう。」
美奈はタクシーに乗り込むと、ふっとく息を吐きした。にのしかかっていたい塊が、嘘のように消えっていた。体が軽く、呼吸がしやすい。
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まるでい底からようやく面へ顔をし、鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだような気分だった。
「お母さん、すごい顔にてるね。」
隣に座った彩佳がクスクスと笑いながら言った。
「そう、そんなに顔にているかしら。」
「てる、てる。なんか歳くらい若くなったみたい。」
「まあ、お世辞がになって。」
美奈はさく笑った。りではなく、自分のを取り戻したの穏やかな笑みだった。
タクシーが静かにりす。窓のに流れる空港の景は、もう度と振り返る必のない過のものだった。
方、その頃、空港のたいに座をしたままの孝志は警備員に促され、ようやく力なくちがっていた。
「お客様、本当に困ります。あちらで休憩してください。」
警備員に腕を引かれ、壁際の目たないベンチへと追いやられる。孝志はそこへ崩れ落ちるように座り込んだ。
元にはハワイで買った産や自の荷物が詰まったスーツケースが、魂を失ったように転がっている。スマートフォンはバッテリーが切れ、ただの黒い板に過ぎなかった。誰に連絡を取ることもできず、をる術もない。
自分のマンションの鍵は交換され、に入ることは叶わない。クレジットカードは全て止、持ちの現は百円しかない。には見捨てられ、社内には倫と額の借が広まった。
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娘には完全に絶縁され、実の両親は仕送り止の通に激している。そしてに、貞による莫な慰謝料請求が郵送されてくる。
何つ残っていなかった。
自分が自由だと信じて疑わなかったすべては、美奈が黙って背負ってくれていた圧だった。美奈がその支えのをした瞬、彼はただの無力で何も所しない男に成りがってしまったのだ。
「俺はこれからどうやってきていけばいいんだ……」
孝志は両で顔を覆い、子供のように声をげて泣き崩れた。悔してももう遅い。彼が失った「族」というかけがえのないは、度と彼の元へ戻ってこない。
見栄を張り、の犠牲のに楽な々を描いてきてきた男の、あまりに惨めで孤独な結末だった。
それから数。美奈と彩佳は都内、見らしの良い築マンションのにいた。
「お母さん、このカーテンの、すごくいいじゃん。」
「しるすぎるかとったけれど、あなたの言う通りにして正解だったわね。」
ここは美奈がたに契約したまいだ。孝志の借やローンと完全に切りされた今、美奈自の収入と貯蓄だけで、分に適な活を送れる。リビングのきな窓からは、柔らかな差しがたっぷりと内に差し込んでいた。
「ねえお母さん、これからどうするの?」
彩佳は荷解きのを止め、尋ねた。
「どうするって?普通に仕事にって、普通に活するだけよ。
でもこれからはしだけ、自分のためにを使ってみようかなってってるわ。」
美奈は穏やかに笑った。
「ずっと回しにしていた資格の勉も再したいし、たまにはあなたとで旅にくのもいいわね。今度は完全に自分のおでね。」
「賛成!絶対こう!」
彩佳は満面の笑みを浮かべてきく頷いた。
美奈は窓辺にち、くまで広がる青空を見つめた。
を支え続けるの沈黙は、決してさではない。その沈黙が終わり、支えを放した、虚構の定は誰よりもきな音をてて崩れ落ちる。
孝志の崩壊は、美奈が図に引き起こしたものではない。彼自の傲と謝の欠如、貞ないが、自らの台を壊しただけのことだ。
美奈はもう度と過を振り返らない。自分自ので、自分だけのを歩きす。その取りは、誰の犠牲もいることのない、本当のでの自由なものだった。
るい差しに包まれ、美奈の顔にはしい未来への希望に満ちた、穏やかな笑みが浮かんでいた。
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