"8年目の松林" 第9話
取調のは静まり返っていた。
刑事が録音を回すと、田は両を膝ので握りしめ、ゆっくりとをいた。
昭571012、曜。
そのの午、田は田んぼでの作業を終えてへ帰る途だった。学裏のを通りかかった、美子を見かけたという。
美子は1で歩いていた。
いつものいブラウスに黒いスカート。鞄を持ち、どこか考え込むような顔をしていた。
田はづいて声をかけた。
「先」
美子はち止まり、く会釈した。
「こんにちは」
その表はるくなかった。
田は尋ねた。
「何かあったんですか」
「何でもありません」
美子はそう答え、歩きそうとした。
田はそのそっけない態度に気分を害した。の奥に残っていたりが、急に膨らんだ。
お盆ののことが蘇った。
自分が好で持っていった米を、美子は受け取らなかった。あの、田は恥をかかされたようにじていた。のとしてのを、都会から来た若い教師に拒まれたとっていた。
「そんなに偉そうにするな」
田は歩きながら言った。
美子は驚いて振り返った。
「え?」
「田舎のを馬鹿にしているのか」
「そんなつもりはありません」
美子は戸惑いながら答えた。
「贈り物の件でしたら、本当に学の決まりで受け取れなかったんです」
しかし田は聞かなかった。
その、田は昼から焼酎をんでいた。
広告
作業のにんだ酒が、理性を鈍らせていた。
「言い訳をするな。俺を見しているんだろう」
「違います。誤解です」
美子は歩がった。
田はその腕を掴んだ。
「ちゃんと謝れ」
「してください」
美子は腕を振り払おうとした。
そのきが、田のりをさらに煽った。
田はく引いた。美子はよろめき、を滑らせて倒れた。鞄が面に落ち、から類がしはみした。
「やめてください!」
美子は叫んだ。
その声に、田は周囲を見回した。
誰かに聞かれたら困る。
そうった瞬、彼は美子のをで塞いだ。
美子は必にもがいた。田の腕を掴み、で面を蹴った。落ち葉が乱れ、鞄が転がった。
田は恐怖とりでを忘れていた。
「静かにしろ」
にさらに力が入った。
美子のきがくなっていく。
田はそれでもさなかった。
数分、美子の体から力が抜けた。
田がようやくをした、美子はもう息をしていなかった。
取調で語りながら、田の目から涙がこぼれた。
「その、初めて自分が何をしたのか分かりました」
田はパニックに陥った。
周囲を見回した。幸い、誰もいなかった。のは傾き始め、松林のは暗くなっていた。
見つかってはいけない。
隠さなければならない。
その考えだけがを支配した。
田は度へった。納からスコップを持ちし、再び松林へ戻った。
広告
きな松の2本の。
そこなら、目につきにくいとった。
田はを掘り始めた。
湿ったがかった。酒で鈍った体に、スコップの柄がい込んだ。汗がのように流れ、息が荒くなった。
それでも掘り続けた。
さ1mほどの穴ができると、美子の体をそこへ運んだ。鞄も緒に入れた。からを被せ、面を平らにならした。落ち葉を撒き、跡を消した。
に帰ったのは夜10頃だった。
田はを着替えた。のついたは燃やした。スコップは納の隅に隠した。
その夜、田はもできなかった。
目を閉じると、美子の顔が浮かんだ。助けを求める声がに残った。
数、警察が捜査を始めた。
田は恐怖に震えた。
しかし、美子は見つからなかった。
田は松本美子を見たことは認めた。だが、男性と緒にいたと嘘をついた。疑いを別の方向へ向けたのだ。
佐藤教に疑いが向くように。
警察は証拠を見つけられず、捜査はうやむやになった。
田は、した。
しかしはれなかった。
罪悪がつきまとった。
毎晩、悪を見た。美子が現れ、自分を見つめた。には「助けて」と言い、には何も言わず、ただじっとっていた。
田は酒で耐えた。
酒をまなければ眠れなかった。めば瞬だけ忘れられた。けれど目が覚めれば、またいした。
そうして8が流れた。
毎んだ。
体は壊れた。肝臓が悪くなり、顔は黄くなった。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
車いすの恋人に請求された三万三千円の「迷惑料」
交通事故で車いす生活となった恋人・明菜と、もう一度穏やかな日常を取り戻そうとしていた聡。明菜の誕生日、二人は思い出のフレンチレストランを訪れる。しかし待っていたのは、食事時間の一方的な短縮と、三万三千円もの「迷惑料」だった。因果応報|人生逆転|真相|修羅場2.8万字5 867 -
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 122 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 568 -
完結第10話
泥の作業着と誇り
高校卒業から十七年ぶりの同窓会。咲は、夫が農家だと話した途端、華やかな暮らしを自慢する同級生のレナから大勢の前で笑いものにされてしまう。「泥だらけの旦那なんて恥ずかしくないの?」心ない言葉に傷つきながらも、咲は「世界一自慢の夫よ」と言い返した。やがて、仕事帰りの夫・大地が泥のついた作業着で迎えに現れると、再び嘲笑が巻き起こる。しかし次の瞬間、幹事の西村が顔色を変え、夫に向かって深々と頭を下げた。誰も知らなかった大地の本当の姿が、少しずつ明らかになっていく。人生逆転|夫婦|真相|第二の人生|修羅場1.7万字5 580 -
完結第20話
昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由
昭和十九年、信州の寺に集団疎開した子どもたちが、ある晩、いっせいに箸を置いた。「一人だけ、まだ食べていません」。病に伏せる少女・妙子の食事を案じた十二歳の正雄は、食卓に並ぶ膳の数に奇妙な違和感を覚える。やがて納屋の柱に刻まれた米俵の数、届かない食糧、教師の印が押された受領書が浮かび上がる。さらに役場の名簿には、寺で暮らす八人の子どもが翌月から消されることになっていた。誰が、何のために食糧と子どもたちの名前を動かしているのか。時代|歴史|昭和|真実|真相2.8万字5 170 -
完結第10話
亡霊の専属運転手
かつて海外の特殊部隊で「ファントム」と恐れられた神代美央は、戦場を離れ、平穏な人生を求めて大企業の会長専属運転手に応募した。しかし最終面接で待っていたのは、「女に会長を守れるわけがない」と嘲笑する副社長と、十一人の屈強な男たち。美央だけが、彼らのスーツの下に隠された拳銃に気づいていた。やがて現れた鷹司会長は、美央の履歴書を見た途端、激しく震え始める。職場逆転|真実|真相|第二の人生1.5万字5 210 -
完結第13話
濁流の中のSOS
夫と十三歳の娘・凛と買い物へ出かけた私。ところが夫は突然、増水した川へ車を走らせ、帰ろうとした私たちを激流へ突き落とした。必死にもがく私の手をつかみ、「お母さん、もがかないで!」と叫んだ凛。その言葉に従い、二人は奇跡的に生き延びる。だが、夫は救助もせず姿を消していた。裡切られた|夫婦|裡の顔|真相|親子関係1.9万字5 511 -
完結第16話
四万円を断った朝
同僚に裏切られ、二千万円近い借金を背負った大橋拓人。再就職の面接へ向かう朝、雨の道路でパンクした車を見つけ、遅刻を覚悟でタイヤを交換する。女性から差し出された四万円を断り、代わりに面接先まで乗せてもらった拓人。しかし会社に到着すると、受付の社員たちが彼女に深々と頭を下げた。職場逆転|人生逆転|真相|修羅場2.5万字5 1138 -
完結第10話
出張先で娘が「物置で寝てる」と泣いた夜
札幌へ出張中の宮崎亮平に、深夜十一時、八歳の娘・美和から一本の電話がかかってきた。 「パパ、ママと物置で寝かされてるの。寒いよ……」 半年前から同居を始めた母の貴子は、妻の早苗と娘を冷遇していた。しかし亮平は、妻の訴えを「母さんに悪気はない」と聞き流し続けていた。 翌朝、急いで帰宅した亮平が見つけたのは、外から扉を固定された物置で震える妻と娘。そして早苗が隠し持っていた一枚の契約書だった。 そこには、妻の不動産持分を妹へ無償譲渡するという信じがたい内容が記されていた。 家族を守るはずの家で、母と妹はいったい何を企んでいたのか――。祖父母と孫|真実|裡の顔|真相|親子関係1.5万字5 1588 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 2199