"愛人旅行の代償" 第3話
旅は止めない。
けれど、そのに残すべきものがある。
言葉。
付。
の流れ。
そして、このが本当は誰のものなのか。
翌の昼、美が洗濯物を畳んでいると、玄関のチャイムが鳴った。
秀治はしていた。退職の続きだと言ってかけたが、美にはもう、その言葉をそのまま信じる気持ちはなかった。
タオルを畳むを止め、美は玄関へ向かった。
「どなたですか?」
インターホン越しに尋ねると、返ってきた声は昨聞いたばかりのものだった。
「織です。しだけお話できますか?」
美は瞬、目を閉じた。
来るとはっていた。けれど、ったよりかった。
扉をけると、織は昨よりるいをしてっていた。ベージュのコートではなく、淡いのワンピースに軽い羽織ものをわせている。客として来たというより、しいとしてを見に来たような姿だった。
「秀治さんはかけていますよ」
美が言うと、織はにこりと笑った。
「っています。今は美さんとお話ししたくて」
っていて来るほど面倒なものはない。
留守番話より、よほど件が濃い。
美が返事をするに、織は玄関のへ線を滑らせた。
「ここ、ったより古いんですね」
その言葉は挨拶より先にた。
美は靴箱にを置き、織の顔を静かに見た。
広告
「何を見に来られたの?」
「いずれ私もむことになるので、先に雰囲気を見ておこうとって」
織は悪びれずに言った。
その瞬、美の胸にたいのようなものが沈んだ。
「誰がそう決めたのですか?」
「秀治さんです。帰国したら美さんにはてもらうって」
織はし首を傾け、リビングの方へ目を向けた。
「この棚も処分した方がいいですね。秀治さん、2で暮らすならしくしたいって言っていました」
美は織の線を追った。
その棚には、娘の結が幼い頃に描いた絵を飾っていた期があった。族旅の写真も置いていた。今はし古くなったが、いを共に過ごしてきた具だった。
「2で暮らすですか」
「はい。退職も入りますし、旅から戻ったら気にめるつもりです」
織の声には、何のためらいもなかった。
美は鳴りたくなった。
誰のだとっているの。
誰がこのを守ってきたとっているの。
けれど、美は声を荒げなかった。
きな声は、で簡単に論に変えられる。静な言葉だけが、に残る。
「織さん」
「はい?」
「今おっしゃったことを、もう度確認してもいいですか」
「確認?」
織が議そうに瞬きをした。
美はゆっくり言った。
「あなたはこのにむつもりで来た。具を処分する話も秀治から聞いている。
広告
そういうことですね」
織はし笑った。
「だって、もう奥様の所ではなくなるでしょう?」
その言葉は、美の胸にまっすぐ刺さった。
けれど同に、決定な証言にもなった。
「よく分かりました」
美は静かに頷いた。
織は勝ったような顔をして、玄関の奥をもう度見た。
「それにしても、荷物がいですね。美さんの私物は、めにまとめておいた方がいいといます」
「ご配ありがとうございます」
「いえ。私もこれからの活がありますので」
織はそう言うと、軽く会釈をして帰っていった。
扉が閉まった、美はしばらく玄関にっていた。
畳のにも、廊にも、織のの匂いがく残っている。
まるで、まだんでもいないに、自分の印をつけていったようだった。
「ここにむつもり。具を処分するつもり」
美はさくにした。
そして台所へき、引きしの奥から古い計簿を取りした。
、費や費、冠婚葬祭の支をき続けてきた計簿だった。秀治は度もまともに見たことがない。けれど、美にとっては庭を守ってきた記録そのものだった。
美はしいページをき、付をいた。
織が来た。
装。
発言。
「いずれ私もむことになる」
「この棚も処分した方がいい」
「もう奥様の所ではなくなる」
ひとつずつ丁寧にき込んだ。
いているうちに、胸の震えがしずつ収まっていった。
ではなく、事実として残していく。
それが今の美にできる、最初の反撃だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
夫の顔と20年目の罪
8歳の事故で母と光を失った桜田はるかは、暗闇の中でピアノだけを支えに生きてきた。 父の死後、叔父に勧められるまま結婚した相手は、名門病院の跡取り息子・桜田真一。寡黙ながらも優しく、毎日花束を贈ってくれる夫を、はるかは心から信じていた。 そしてある日、20年待ち続けた角膜移植手術の順番が回ってくる。 初めて夫の顔を見られる――。 そう思って迎えた包帯を外す日。眩しい光の中で、はるかの前に立っていたのは、愛していたはずの夫とはまるで違う男だった。 「あなたは誰?」 病室に凍りつく空気。夫を名乗る男、黙り込む周囲、そして誰もが隠していた結婚の嘘。 やがてはるかは、20年前の事故と、ガーベラに隠された本当の意味へとたどり着いていく。人生逆転|夫婦|真相1.7萬字5 17 -
完結第20話
湖底の五本柱
1999年2月、記録的な豪雪に閉ざされたダム建設地・鏡谷で、3人の男が忽然と姿を消した。 彼らが乗っていた黒いセダンは、エンジンをかけたまま雪原に残されていた。ドアは開き、所持品もそのまま。だが、車の周囲には人が降りた足跡が一つもなかった。 やがて龍鳴寺の床下から見つかった1台のカメラが、事件を思わぬ方向へ動かしていく。そこに写っていたのは、消えた3人と作業員たちが、吹雪の中で何かを巡って激しく対立する姿だった。 さらに、ダムに沈むはずだった村からは、古い拳銃、止まった懐中時計、血に染まった作業車、そして「五つの柱」という不気味な言葉が浮かび上がる。 これは単なる失踪ではなかった。 ダムの底へ沈められようとしていたのは、村の風景だけではない。30年前に隠された罪と、ひとりの老人が命をかけて仕掛けた復讐だった。 雪の中で消えた男たちは、どこへ行ったのか。 そして、水没した地下から響く時計の音は、何を告げていたのか――。ミステリー|行方不明|金銭問題3.0萬字5 92 -
完結第9話
止められた12枚
離婚届に判を押した瞬間、夫と姑は私を追い出し、新しい嫁を笑顔で迎え入れた。 私はただの“稼ぐ妻”だった。夫の遊び代、姑の美容代、義実家の贅沢――すべて私のカードで支払われていたのに、彼らは最後までそれを当然だと思っていた。 だから私は、何も言わずに12枚のカードを止めた。 数日後、元夫は新しい婚約者との豪華なパーティーで、300万円の支払いを求められる。だが差し出したカードは、すでに利用停止済み。 招待客の前で崩れていく見栄。逃げ出す新しい嫁。そして、義実家がようやく気づいた時には、すべてが遅すぎた。 彼らが迎え入れたのは、幸運の女神ではない。 欲望に姿を変えた、破滅そのものだった。因果応報|夫婦|金銭問題1.3萬字5 309 -
完結第14話
追放嫁と姑の鍵
8年間、夫の連れ子を育て、病気の姑を支え、家族のためだけに生きてきた美咲。 しかし、夫・健二は突然、8年前に子どもを捨てて出ていった前妻リナを家に呼び戻す。実の母親が帰ってきたという理由で、美咲は離婚届に判を押し、何も持たず家を出ることになった。 ベランダの花も、子どもたちの絵も、彼女が守ってきた居場所も、すべてリナの手で消されていく。 そんな美咲に、姑の芳江がそっと差し出したのは、古びた1本の鍵だった。 「神戸の元町の裏通りに、空き店舗が1つある。行って、開けてご覧」 8年間、足を引きずり、弱々しく見えていた姑が、なぜその鍵を持っていたのか。 そして、家を追い出された美咲を待っていた“本当の居場所”とは――。嫁姑|夫婦2.1萬字5 303 -
完結第9話
赤い口紅と信託離婚
定年退職の日、香川週一郎は40年勤めた会社を静かに去ろうとしていた。 その日は、妻・のり子の誕生日でもあった。だが朝、赤い口紅を引いて出かけていく妻を見ながら、週一郎はすでにすべてを知っていた。 大学時代の恋人との再会。共通口座からの不審な出金。退職金を使った「別人生」の計画。 のり子は、夫が何も気づいていないと思っていた。 しかし週一郎は半年間、何も言わずに証拠を集めていた。そして退職金2700万円は、妻が一切触れられない場所へ移されていた。 その日の夕方、妻が帰宅した時、家から夫の痕跡だけが消えていた。 ダイニングテーブルに残されていたのは、手紙と信託公正証書、そして離婚調停申立書。 翌朝、銀行の窓口に立ったのり子は、初めて知ることになる。 夫が怒らなかった本当の理由を――。因果応報|夫婦|金銭問題1.4萬字5 1070 -
完結第8話
残高4800円の老後
退職金2200万円。 38年間まじめに働き、ようやく手にした老後の安心資金。宮田哲夫は、自分の人生を「堅実に生きてきた」と信じていた。 投資詐欺に遭ったわけでもない。ギャンブルに溺れたわけでもない。派手な贅沢をした覚えもない。 それなのに8年後、通帳に残っていたのはわずか4800円だった。 年金13万円の暮らし。車、ゴルフ、息子への援助、家の修繕、物価高――。ひとつひとつは“普通”に見える出費が、退職金を静かに削っていく。 妻のせつ子は何度も家計を見直そうとした。だが哲夫は「なんとかなる」と言い続け、通帳から目をそらした。 そしてある朝、せつ子は家を出ていく。 老後破産の本当の原因は、お金の使い方だけではなかった。哲夫が最後に気づいた、夫婦にとって一番大切なものとは――。人生逆転|退職金|金銭問題1.2萬字5 1058 -
完結第23話
見下した作業服の裏にある真実の誇り
昔、「服が汚い」「職人の家柄は恥ずかしい」と、質素な作業服を見下して婚約を破棄した家族がいました。 彼らはブランドや肩書き、お金だけを見て人の価値を判断し、汗と油にまみれる職人の誇りを「底辺」と蔑んでいたのです。 しかし、彼らが軽んじたボロボロの作業服を着た女性こそ、実は誰よりも大きな会社を守り抜いた真の会長でした。 地位や豪華な着物、華やかな生活。そんな見せかけの栄光を追い求めた一家は、最後に何もかも失いました。 一方、泥にまみれ、手にタコを作り、地道に技術と誇りを守り続けた母と娘だけが、本物の幸せと未来を手に入れたのです。 ✨人生は見た目では決まらない ✨派手な権力より、人間の誠実さが勝つ ✨長年の努力と真心は、必ず報われる ただ金や地位を追うだけの虚しい人生より、自分の仕事を愛し、誇りを持って生きる日々こそ、最高の宝物です。 年月を重ねるほど、心に染みる真実の物語です。 皆さんも、大切な方へシェアして、人生の教訓を分かち合いませんか?人生逆転|金銭問題|修羅場3.5萬字5 279 -
完結第26話
十五年の忍び、本物の令嬢として帰る
離婚 3 日後、父と食事をしていたところ元夫と愛人にばったり。 「金持ちにすがっただけ」と馬鹿にして笑う二人。 私が「お父さん」と呼んだその瞬間、二人の顔から笑みが消え、全身凍りついた。 15 年間踏みにじられた尊厳、今日全部取り返す。因果応報|人生逆転|金銭問題4.0萬字5 3291