"土俵下の12年" 第15話
「岳司が待っているから」
子はそう言った。
正雄は漁にられなくなった。
それでも毎朝、を見にった。杖をつきながら港へき、しばらく沖を見つめる。そして帰りに岳司の墓へ寄った。
2は息子を失ったしみを抱えたまま、それでもきていった。
のたちは、そんな2を温かく見守った。
々、若いたちが岳司の話を聞きに来た。
「相撲部で何があったんですか」
「岳司さんはどんなだったんですか」
子は静かに話した。
「真面目な子でした。族のために頑張ろうとしていました」
正雄も、しずつをくようになった。
「い子だった。けれど、本当は優しい子だった。無理をしすぎたんだ」
両親は、相撲そのものをみ続けることはしなかった。
岳司を京へ送りしたのは、自分たちでもあった。
貧しい暮らしから抜けしてほしい。
息子に成功してほしい。
その願いが、岳司をい期待のへ押ししたことを、2は分かっていた。
ある、1の男がを訪れた。
名部にかつていた元力士だった。
男は岳司の墓のにち、くをげた。
「林さん、遅くなりました。あの、何もできなくてすみませんでした。ずっとので謝りたかったんです」
男は泣いていた。
正雄と子はしれた所で、その姿を見ていた。
何も言わなかった。
広告
ただ、静かに頷いた。
男は墓にを供え、いをわせていた。
それからも、何かの元力士が岳司の墓を訪れた。
皆、同じように謝り、泣いて帰っていった。
子は彼らを責めなかった。
「みんな若かったんだね」
そう言った。
正雄も、く息を吐いて頷いた。
「怖かったんだろう」
それでも、沈黙が許されるわけではない。
真実を隠した12は、誰にも返せない。
けれど両親は、残されたを憎むことだけでを終わらせたくはなかった。
岳司の墓は、今も静かにを見ろしている。
波の音が聞こえる穏やかな所にある。
朝になると、がに染まる。
幼い頃、岳司が父と緒に見た景だ。
かつて古い俵ので12、誰にもられず眠っていた岳司は、ようやく故郷ののへ戻った。
もう1ではない。
父と母がいる。
のたちがいる。
そして、がある。
もし、あの、岳司が京へかなければ。
もし、吉田が静だったら。
もし、親方がすぐに真実を話していたら。
そう考え始めれば、答えのない悔はいくらでも続く。
けれど、過は変えられない。
確かなのは、若い命が失われたこと。
そして、族の12というが奪われたことだった。
伝統という名のでわれる過酷な稽古。
閉ざされた世界で、誰にも助けを求められない若者たち。
そのでまれた劇は、い昔の来事として片づけられるものではない。
広告
林岳司は、21歳でを止められた。
期待の若力士として将来を嘱望されながら、稽古で命を落とし、その真実は12隠された。
両親は息子の帰りを待ち続けた。
しかし息子は、ずっと故郷の俵ので眠っていた。
昭59(1984)、古い俵が解体された、ようやく真実はから姿を現した。
それは、ただの事件の終わりではなかった。
息子を待ち続けた両親にとって、12越しの帰郷だった。
夕暮れの台で、子は墓にを供えた。
正雄は隣にち、静かにを見ていた。
が吹き、がさく揺れた。
子は墓にを添えた。
「岳司、もう寒くないね」
正雄は何も言わなかった。
ただ、いをかけてをわせた。
の向こうに沈む夕が、墓を赤く染めていた。
波の音は、あのの朝と同じように静かだった。
岳司はようやく、故郷ののそばでらかに眠ることができた。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
10年目のハザード
1999年10月、夜明け前の阪和自動車道に、1台のタクシーがハザードランプを点けたまま残されていた。 運転席は無人。車内に争った跡はなく、鍵も残されたまま。所有者は、大阪・堺で個人タクシーを営む藤村達夫だった。 警察が自宅を訪ねると、妻・安子と娘・真奈美の姿も消えていた。台所には冷めた味噌汁、まな板には切りかけのネギ。家族3人は、夕食の途中で突然この世から切り取られたように姿を消していた。 達夫が最後に乗せた客は誰だったのか。 そして、なぜ一家は財布も通帳も残したまま消えたのか。 10年後、取り壊しが決まった団地の室外機の裏から、1本の古いカセットテープが見つかる。 そこに残されていたのは、達夫が命がけで吹き込んだ、震える声だった――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 9 -
完結第9話
50年目の沈黙の部屋
2021年、福井県の山あいにある閉鎖病院で、壁に塗り込められた小さな部屋が発見された。 窓もなく、扉もなく、外から完全に塞がれたその空間に残されていたのは、1人の男の骨と、古い観察記録だった。 記録の日付は、1973年。 そこに書かれていたのは、吉川明という30歳の患者の名前だった。だが不思議なことに、彼は病院の閉鎖後も、家族からも行政からも、誰からも探されていなかった。 なぜ彼は、誰にも知られず壁の中に残されたのか。 そして、最後の記録に残された「生命の兆候なし」という一文の後、病院では何が行われたのか。 50年近く沈黙していた廃病院の壁が、今、ひとりの男の消された人生を語り始める。ミステリー|行方不明1.4萬字5 6 -
完結第13話
消えた娘の38分
2023年、幼稚園から帰る途中だった少女・美緒が、父親の車に乗ったまま姿を消した。 山道で事故が起き、父は記憶を失ったと証言。警察は周辺を捜索したが、美緒の姿も、当日持っていたバッグも見つからなかった。 それから1年後。 母・雪が、かつて家族で暮らしていた古いマンションを訪れた時、突然スマートフォンに通知が届く。 それは、美緒のバッグに入れていた位置追跡チップからの信号だった。 示された場所は、誰も想像していなかった寝室の床下。 そこから見つかったバッグ、消えていた上着、空になった金庫。そして、父親の車が事故前に立ち寄っていた“38分間”の空白。 事故だと思われていた少女の失踪は、家族の秘密と金の流れに隠された、まったく別の事件へと変わっていく。ミステリー|行方不明1.9萬字5 86 -
完結第9話
中卒社員の逆転邸宅
中卒というだけで副社長に見下され、追い出し部屋へ異動させられた真司。 かつて父の会社を救うため進学を諦め、20年以上エンジニアとして働いてきた彼だったが、新しく就任した副社長は学歴だけで人を判断し、低学歴の社員たちを次々と窓際部署へ追いやっていく。 それでも真司は、妻の出産を控え、家族を守るために耐え続けていた。 やがて無事に子どもが生まれ、職場へ復帰した真司に、副社長はさらに残酷な言葉を投げつける。 「低学歴、低収入の子供がどんな顔してるのか見てみたいな」 その瞬間、真司は静かに微笑んだ。 「いいですよ。今週の土曜日、うちに来てください」 冷やかし半分で自宅へやって来た副社長たち。だが、案内された先で彼らが目にしたのは、想像もしなかった豪邸と、リビングで待っていた“ある人物”だった。 中卒と笑われ続けた男が、家族と仲間を守るために仕掛けた静かな反撃とは――。ミステリー|因果応報|人生逆転1.3萬字5 8 -
完結第20話
湖底の五本柱
1999年2月、記録的な豪雪に閉ざされたダム建設地・鏡谷で、3人の男が忽然と姿を消した。 彼らが乗っていた黒いセダンは、エンジンをかけたまま雪原に残されていた。ドアは開き、所持品もそのまま。だが、車の周囲には人が降りた足跡が一つもなかった。 やがて龍鳴寺の床下から見つかった1台のカメラが、事件を思わぬ方向へ動かしていく。そこに写っていたのは、消えた3人と作業員たちが、吹雪の中で何かを巡って激しく対立する姿だった。 さらに、ダムに沈むはずだった村からは、古い拳銃、止まった懐中時計、血に染まった作業車、そして「五つの柱」という不気味な言葉が浮かび上がる。 これは単なる失踪ではなかった。 ダムの底へ沈められようとしていたのは、村の風景だけではない。30年前に隠された罪と、ひとりの老人が命をかけて仕掛けた復讐だった。 雪の中で消えた男たちは、どこへ行ったのか。 そして、水没した地下から響く時計の音は、何を告げていたのか――。ミステリー|行方不明|金銭問題3.0萬字5 91 -
完結第10話
消えた弟と制服の父
1991年3月、群馬県の山間にある静かな村で、2歳の木島拓也が自宅の前庭から忽然と姿を消した。 父は警察官。母は家の中にいた。庭にはおもちゃのトラックだけが残され、足跡も、争った跡も、手がかりらしいものは何も見つからなかった。 大規模な捜索が行われても、拓也の行方は分からない。やがて事件は迷宮入りしかけるが、父・洋介の行動にはいくつもの小さな違和感が残っていた。 予定より長すぎたランニング。説明のつかないパトカーの走行距離。外したはずの銃弾。そして、父の後ろ姿を見ていた4歳の姉・香織の沈黙。 それから3年後。 成長した香織は、悪夢の中で何度も同じ光景を見るようになる。 「パパが、拓也を傷つけた」 幼い記憶の断片が少しずつつながった時、消えた2歳児をめぐる事件は、思いもよらない形で再び動き出す。 前庭から消えた子どもに、本当は何が起きたのか。 そして、家族が3年間口にできなかった“あの日の真実”とは――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 160