"恩に沈む猛獣舎" 第5話
沖野はその言葉を帳へいた。
誰のせいにもせんように。
親族も調べられた。
母親は昭49に。
父親は。
兄弟なし。
結婚歴なし。
恋の話もない。
借もない。
揉め事もない。
銭トラブルもない。
「がないんや」
はホワイトボードので腕を組んだ。
「殺す理由が、誰にも」
沖野が言った。
「逃げる理由もないですね」
「そこや」
はを掻いた。
「もない、女もない、みもない、借もない。何もない男が、なんで消えるんや」
沖野は、あの部をいした。
茶ぶ台。
湯呑み。
図鑑。
写真は1枚もない。
そして、壁に吊された「恩」の文字。
何もない男。
本当に、そうなのだろうか。
何もないのではなく。
何かを捨ててきたの部なのではないか。
そんな考えが浮かんだ。
しかし26歳の巡査に、その覚を説できる言葉はなかった。
沖野は黙った。
失踪から10ほど過ぎた頃。
沖野は物園の事務で、古い職員名簿をめくっていた。
捜査本部から、過の退職者覧を作るよう指示されたためだった。
平成のファイル。
さらに昭へ。
質が変わった。
ざらざらしたいに、きの名が並んでいる。
昭56。
経理担当の欄。
沖野の指が止まった。
耕造。
名の横に、赤鉛で線が引かれている。
その脇に、さくかれていた。
「5末退職」
次のの名簿から、その名は消えていた。
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沖野はファイルを事務員の藤のところへ持っていった。
当60歳く。
この物園で事務をしてきた女性だった。
「すみません。このさんいう方、ごじですか」
藤は名簿を覗き込み、し顔をしかめた。
「ああ、さん」
「ごじで?」
「その頃、私もうここにおりましたから」
藤は湯呑みを置いた。
「あのは夜逃げですわ」
「夜逃げ?」
「庫の、持っていかはったんです」
「いくらくらいです?」
「30万円ほどやったといます」
「被害届は?」
「してません」
藤はあっさり答えた。
「さんが、もうええ言わはったんです。世体もありますし」
「族は?」
「奥さんがおりました。子さんいうて、麓の団に今もんではるはずです」
そこで藤は声を落とした。
「あのも、かわいそうにね。あんな置いてかれ方して」
沖野はそのの午、川端にも話を聞いた。
「さん?」
「経理の」
「ああ、おったな」
「どんな方でした?」
「らん。経理やもん。わしら現やし、あんまり喋ったことない」
「夜逃げしたと聞きました」
「そらそうやろ。女もおったとか聞いたし」
川端は煙を吐いた。
「ようある話ですやん」
沖野は帳へいた。
耕造。
経理担当。
昭565末。
庫から約30万円持ちし。
失踪。
被害届なし。
きながら、妙な覚が残った。
この物園では、もう1消えている。
21。
職員が8しかいない、さな物園。
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そのから21に2。
へ話すと、笑に付された。
「21やないか」
「はい」
「関係あるかいな」
「でも……」
「持って逃げた男と、も持たんと消えた男や。真逆やろ」
確かに、その通りだった。
沖野はを閉じた。
がまり、捜索規模は縮していった。
11。
丘のは枯れた。
田んぼは刈り取られ、切り株だけになった。
12になると、府県からの応援も来なくなった。
そして翌20038。
警察は規模捜索を打ち切った。
郡。
方者として登録。
事件性は否定できない。
だが、証できるものもない。
ただ「1の男が消えた」という事実だけが記録に残った。
沖野は駐所でそのらせを聞いた。
話を切った、引きしから1の帳をした。
2002917。
最の。
なぜ揃えたのか。
沖野はしばらく見つめた、帳を閉じた。
その疑問に答えがないまま、だけが流れた。
物園は、その2も持たなかった。
来園者はさらに減した。
郡の失踪について、噂だけが広がった。
「あそこ、虎にわれたがおるらしいで」
獣医が確に否定したことは、ほとんどられていなかった。
あるいは、っていたも忘れていった。
やがて宝塚緑物園は閉園した。
最の。
来園者はわずか数だった。
そのくは、麓の団に暮らす老たちだった。
々はゆっくり園内を歩き、猛獣舎のでを止めた。
タイガは17歳になっていた。
毛はくなり、腰も落ち、以のように歩き回ることはなくなっていた。
柵のにった老の1が、さく言った。
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