"湖底の白衣" 第10話
誰にも確認することはできなかった。
本田は最終報告をきながら、何度もを止めた。
21なら、事件が解決すれば堵できるとっていた。
しかし実際に待っていた答えは、誰かを逮捕すれば終わるようなものではなかった。
犯はいなかった。
恵美子を憎んで連れった物もいなかった。
彼女は周囲からされ、患者から信頼され、仕事でもく評価されていた。
それでも苦しんでいた。
その事実こそが、本田には最もかった。
伯母は結論をらされた、い何も言わなかった。
やがてさく頷いた。
「分かりました」
恵美子を許すのかと尋ねた記者に、伯母は静かに答えた。
「許すとか許さないとか、そういうことじゃありません」
「恵美子は苦しかった。それを私たちがらなかった。ただ、それだけです」
そしてしを置いて続けた。
「今だったら、もっと違う言葉をかけられたかもしれませんね」
元患者たちも、それぞれの形で恵美子を記憶し続けた。
佐藤真理子は教師になった。
子供がそうな顔をした、すぐに答えを求めず話を聞く。
それは、幼い頃に田先からしてもらったことだった。
「先が私にしてくれたことを、私は別の誰かへ渡しているんだといます」
真理子はにそう語った。
しく医療のへむ者のにも、恵美子の話をっていたがいた。
広告
優しい医師だったこと。
患者へ献したこと。
そして、その優しさの裏で自分自へ助けを求めることができなかったこと。
その両方が語り継がれた。
恵美子がかつて働いていた域には、に医療従事者が匿名で相談できる支援活もまれた。
仕事を続けるべきか迷っている。
眠れなくなった。
何をしても自分を責めてしまう。
周囲から「派な先」と言われるほど、さを見せられなくなっている。
そうしたが、職の評価を恐れずに話せる所を作ろうとする取り組みだった。
芦ノにも変化があった。
かつては、ただ美しい観としてられていただった。
しかし恵美子の事件がられるにつれ、周辺ではの危にあるへの相談先をらせる表示や、見守りの必性が識されるようになった。
が悪いわけではない。
がを呼ぶわけでもない。
問題は、がどれほどい苦しみを抱えていても、見からは分からないことがあるということだった。
毎1215。
恵美子をる々が静かに彼女をいすようになった。
きな式典ではない。
元患者。
医療関係者。
の健康を支援する。
それぞれが彼女について語った。
劇だけを繰り返すためではなかった。
恵美子の事件をきっかけに、助けを求められたがいた。
広告
仕事を休む決断をした医師がいた。
相談窓へ話をかけた研修医がいた。
同僚のさな変化に気づき、声をかけるようになったがいた。
その事実もまた、田恵美子という1の医師が残したものだった。
がさらに流れた。
1973の京をる建物は減り、クリニックの周辺もきく変わった。
当の患者のくは齢になった。
林も髪が増えた。
それでも、あのの午3だけは鮮だった。
「急な往診にってきます」
医療バッグを持った恵美子。
のトヨタ・コロナ。
窓越しに見送ったろ姿。
林は何度も考えた。
あの、もし「先、丈夫ですか」と聞いていたら。
もしへ乗るに引き止めていたら。
もし夜の話について、もうし踏み込んで聞いていたら。
答えは分からない。
1つの言葉でのが必ず変わるとは限らない。
だが、何も聞かないよりは良かったのではないか。
そのいが消えることはなかった。
方、本田は退職も、若い捜査員から相談されると恵美子の事件を話した。
最に必ず言うことがあった。
「方になったを、勝に物語の登物にするな」
「した女、事件に巻き込まれた医者、そういう名をつけた瞬に見えなくなるものがある」
必なのは、そのがどんな活をしていたかだけではない。
何を恐れていたのか。
誰にも言えなかったことはなかったか。
最、何を理していたのか。
普段より働きすぎていなかったか。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 198 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 689 -
完結第12話
昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録
昭和44年、長野県の小さな駅で働く杉原修一は、最終列車を見送った夜、8万6,400円の現金とともに姿を消した。父を泥棒と呼ばれながら育った娘の美緒は、28年後、取り壊しが決まった駅舎で古い駅務日誌を発見する。そこには、父が終電の55分後、赤いランプを持って七号橋へ向かったという不可解な記録が残されていた。運休したはずの貨物列車、書き換えられた帳簿、沈黙を守る関係者たち。父はあの夜、何を知り、なぜ帰ってこなかったのか。昭和の小駅に封じられた28年間の謎を追う、家族と真実の物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|真実2.9万字5 336 -
完結第12話
雨宮停留所の黄色い傘
私は六十二歳。幼いころから、ときどき人には見えない姿や声を感じることがある。 山梨の小さな町で叔母の家を片づけていたある雨の日、廃止された停留所の水たまりに、黄色い傘を差した少年が映った。 そこで出会った老女は、四十年近く前に失踪した息子を今も待ち続けているという。 「まだ帰れない」 少年が残した言葉を手がかりに調べ始めると、破り取られたバスの運行日誌、隠された手紙、そして家族が長年伏せてきた秘密が浮かび上がる。 あの少年は、いったい何を伝えようとしているのか。日常ホラー|ミステリー|真相|親子関係2.2万字5 330 -
完結第13話
疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由
昭和二十年の秋。戦争で夫と家を失った文江は、集団疎開から戻った十二歳の娘・幸子と、焼け跡の東京でようやく再会した。 ところが三日後、娘は突然「あの村へ帰りたい」と言い出す。母との暮らしを喜んでくれると思っていた文江は、深く傷ついた。 やがて娘の行李から見つかった一通の手紙。そこには、長野の農家で暮らす九歳の少女・千代との、切実な約束が隠されていた。 自分たちの生活さえ苦しい母娘は、その約束にどう向き合うのか。戦後の厳しい暮らしの中で、家族の絆と本当の居場所を見つめ直す、心温まる物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|親子関係2.8万字5 262 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 248 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 1195 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 427 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 379