"福嫁の逆転茶屋" 第12話
「容赦がないな」
福は楽しそうに笑った。
宗介も笑った。
しばらくして福が言った。
「でも今は、見てくださいます」
「見る」
宗介は福のを取った。
「これからは毎見る」
福が驚いたように宗介を見る。
「あなたの作る菓子も」
宗介は続けた。
「あなたが入れる茶も。あなたが客の顔を見て、し首を傾げるも」
福の目に、しずつ涙が浮かんだ。
「あなたが笑う顔も」
宗介は静かに言った。
「私はずっと、の目が怖かった」
福は黙っている。
「どんな女将を連れているか。が繁盛して見えるか。座敷が派か。そんなものばかりを気にしていた」
庭へ目を向ける。
「今は、あなたを見つけられなかった昔の自分の目が番恥ずかしい」
福はしばらく何も言わなかった。
やがて宗介のを握り返した。
「では」
「うん」
「これからは毎見てくださいませ」
宗介は頷いた。
「約束する」
その、奥からおの声がした。
「宗介様、福!」
が振り返る。
「の母待ちの餡、これでいいのかしら!」
福は慌ててちがった。
「今参ります」
宗介も腰をげる。
「私も伝おう」
福が驚いた。
「宗介様が?」
「何だ、その顔は」
「若旦は帳のお仕事が」
「こののは女将が決めている」
宗介は袖をまくった。
「だが夫も、しは働かねばな」
福は声をてて笑った。
その笑い声はの奥まで柔らかく響いた。
やがて泡の「母待ち」は、戸の部の々に静かにられる菓子となった。
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けれど宗介と福は、決して数を増やしすぎなかった。
に作るのは、目が届く分だけ。
茶も菓子も、忙しさで雑になるほど客を詰め込まない。
商いはきければよいのではない。
のへ届けばよい。
宗介は福から、それを学んだ。
おもく泡で働いた。
茶碗を置く音はいつしか福より静かになり、包みも曲がらなくなった。
にはお目当てで来る若い客もいたが、本はもう以のように得げにはならなかった。
「おきれいですね」
そう言われれば、
「ありがとうございます」
と笑う。
けれど次には、その客の茶がめていないかを見る。
美しさを捨てたわけではない。
それだけを自分の価値だとわなくなったのである。
泉兵も折を訪れた。
いつも奥の同じ席へ座り、茶をむ。
宗介が、
「いかがでございますか」
と聞いても、
「まだまだだ」
としか答えない。
だが帰り際には必ず、福の作った菓子をつ包ませた。
ある、宗介が笑って言った。
「兵様。以より随分甘いものを召しがりますね」
兵は咳払いした。
「を取ると、甘みが必になるのだ」
「そういうことにしておきます」
「気を言うな」
そんなやり取りを見て、福とおが笑った。
くの吹も、そのしばらく商いを続けた。
造は度と泡のことを役所へ訴えなかった。
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を盗もうと奉公を送り込んだこともあったが、「母待ち」の材料だけっても同じにはならなかった。
豆。
柚子。
量の塩。
材料だけなら難しくない。
だが、誰に何をいしてほしいのか。
どんな顔でべてほしいのか。
そこまで考えなければ、福の菓子にはならなかった。
は流れた。
泡は本の奥で、く簾を揺らしたという。
きなにはならなかった。
戸番の茶になったという記録もない。
けれど、そのをるは切な誰かへ、こう教えた。
「疲れたは、泡へくといい」
そして々は、そのの女将をいつしか、
「太った嫁」
とは呼ばなくなった。
福という名で呼んだ。
「福さんの茶をみにこう」
「福さんの菓子を、母へ持って帰ろう」
「福さんなら、何も聞かずに座らせてくれる」
それで分だった。
あるの。
老いた客が宗介へ尋ねた。
「若旦」
「はい」
「こので番いものは何だい」
宗介は笑った。
昔なら等な茶葉の名を挙げただろう。
価な砂糖か。
珍しい栗か。
それとも名のある窯の器か。
今の宗介は、し考えてから答えた。
「値をつけられぬものなら、つございます」
「何だ」
宗介は台所を見た。
そこでは福が、初めて来た客のために茶を入れていた。
客はの老女だった。
し震えるで茶碗を持っている。
福は何も尋ねず、そののそばへ「母待ち」
をつ置いた。
宗介は穏やかに言った。
「をうでございます」
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