"100億の身代わり花嫁" 第1話
「君のその若さも、結婚式で流した涙も、私にとっては便利な駒に過ぎない」
級ホテルの最階。な扉が閉じた直、背から投げかけられたその言に、美咲は息を止めた。
窓の向こうには、宝を散りばめたような夜景が広がっている。数まで、同じホテルの広では盛な結婚披宴がかれ、美咲は純のウェディングドレスを着て何度もをげていた。
郎は68歳。
元ではらぬ者のいない産王、鳥蔵だった。
美咲は28歳になったばかりだった。
同代の友たちが旅や恋、結婚や産について語り始める頃に、美咲の20代はただひたすら「借返済」の4文字に塗り潰されていた。
すべてが壊れたのは、美咲が学学を諦めざるを得なくなった頃だった。
さな町を営んでいた父が、親しい友から頼まれ、5000万円の連帯保証になった。その友はを持ったまま姿を消し、返済義務だけが父の肩にのしかかった。
しばらくして父はくなった。
母もきなショックで倒れ、そのまま帰らぬとなった。
残されたのは美咲と、い臓病を抱え入院活を続ける妹だけだった。
朝は配送センターで仕分けをし、昼はスーパーのレジにち、夜はビル清掃に入った。眠は3取れればいい方で、になるとのひび割れから血が滲んだ。
広告
それでも料は何も嬉しくなかった。
振り込まれたは、借の利息と妹の治療費に消える。
「お姉ちゃん、ごめんね」
病で妹が青い顔を伏せたことがある。
「私が病気じゃなかったら、お姉ちゃんはもっと普通に暮らせたのに」
美咲は笑って妹のを握った。
「何言ってるの。お姉ちゃんが好きで働いてるのよ」
嘘だった。
好きなはずがない。
体は限界だったし、夜に帰ったアパートで米びつが空になっているのを見たには、に座り込んだまま声を押し殺して泣いた。
それでも妹のでは笑った。
その笑顔だけが、最に残った姉としてのだった。
そんな美咲のに突然現れたのが、鳥蔵だった。
内の老舗料亭。
個に通された美咲ので、蔵は穏やかな笑みを浮かべた。
「私の妻にならないか」
美咲はを疑った。
「……妻?」
「そうだ」
蔵は茶碗にを伸ばしながら、世話でもするような調で続けた。
「君が背負っている5000万円の借は、私がすべて清算する。妹さんの移植術に必な費用も、私が責任を持って用しよう」
美咲は言葉を失った。
蔵とは40歳もれている。
があるはずもない。
だが、美咲にとってその提案は、底の見えない穴へ垂らされた本の縄だった。
「どうして……私なんですか」
「を取るとね。に帰った、誰もいないというのが寂しくなるものだ」
広告
蔵はそう言って笑った。
「若い妻が隣にいてくれれば、それでいい」
それでも美咲はすぐには答えられなかった。
で自分を売る。
そう考えるだけで胸が締めつけられた。
だが、そのの夜、病院から妹の状態が悪化したという連絡が入った。
移植の会を逃せば、今どうなるか分からない。
美咲は翌、蔵へ話した。
「……結婚します」
自分の残りのと引き換えに妹がきられるなら、それでいい。
そう覚悟した。
結婚式当、蔵は驚くほど優しかった。
ドレス姿の美咲を見て、
「綺麗だよ」
と静かに微笑み、裾が乱れていれば自ら屈んで直してくれた。
その姿だけを見れば、齢差のある結婚を選んだ温な夫にしか見えなかった。
しかし控を歩ると、親族たちから向けられる線は骨だった。
なかでも酷かったのが、蔵の甥である鳥竜だった。
40代半ば。鳥グループの次期社の座を狙っていると噂される男だった。
「おいおい。どこの貧民から拾ってきた野良猫かとったぞ」
披宴の親族控で、竜はわざと美咲に聞こえる声で笑った。
「28歳の女が68歳の爺さんに嫁ぐ理由なんて、以にあるわけないよな」
隣にいた妻の夜子も扇子で元を隠した。
「本当。ご両親もあの世で泣いてるでしょうね。娘がここまでみっともなくなるなんて」
その言葉だけは耐えられなかった。
美咲はドレスの裾を握り締めた。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
空港に置き去りにされた妻は、もう帰らない
欧州出張から帰国したゆりを、夫と義母は成田空港へ置き去りにした。「四時間歩いて来い」と笑いながら、彼女を貧しいラーメン屋の娘だと見下して。 彼女は、夫の不倫や会社資金四千八百万円の横領を示す証拠を、すでに揃えていた。 空港から一本の電話をかけた三時間後、取引停止が相次ぎ、夫の会社は大混乱に陥る。嫁姑|夫婦|修羅場1.8万字5 345 -
完結第20話
結婚翌朝、五分遅れの朝食が暴いた秘密
結婚翌朝、朝食が五分遅れただけで、夫から親族全員の前で平手打ちされた管理栄養士の美咲。彼女は謝る代わりに、義父の御膳を床へひっくり返し、「食べさせられません」と告げる。 美咲が遅れたのは、心臓病を患う義父のために味噌汁を作り直していたからだった。義母から渡された“秘伝のタレ”には、義父の薬と組み合わさると命に関わる危険な成分が含まれていた。 しかも瓶の底には、義母自身の筆跡で《服用厳禁/致死性不整脈誘発確認済》と残されていた。単なる嫁いびりではなく、八年前から続く恐ろしい企みが明らかになり、夫と親族の立場は一気に逆転する。怒り|嫁姑|夫婦|裡の顔|修羅場1.9万字5 746 -
完結第25話
義母が倒れた夜、隣人が私を止めた理由
午前一時、夫から「母が脳卒中で倒れた」と連絡を受け、病院へ急ごうとした美緒。だが車に乗る直前、隣人の氷室に止められる。前輪の下にはブレーキ液が漏れた跡があり、義母本人へ電話すると「倒れていない」と告げられた。 防犯映像に映っていたのは、出張中のはずの夫・達也。裡切られた|夫婦|真相|介護3.0万字5 698 -
完結第13話
夫が毎日3回トイレを磨く理由
結婚五年。紗季は、温厚で家事にも協力的な夫・玲央と、四歳の娘・莉乃と平穏に暮らしていた。ただ一つ奇妙だったのは、夫が毎日三回もトイレを掃除し、誰にも触らせなかったこと。 ある日、法医学者の親友・美代子が、トイレの排水設備から人間の歯と古い血痕の痕跡を発見する。調査を進めると、この家では六年前、玲央と同棲していた婚約者が突然姿を消していた。夫婦|真実|真相1.5万字5 290 -
完結第12話
二十六年目の告白
余命わずかな夫・浩司は、妻ゆみに衝撃の告白をする。二十六年前、ゆみが産んだ息子と愛人の子を、病院で密かにすり替えたというのだ。 だが、ゆみはすべてを知っていた。夫の行動を目撃し、名札を元へ戻していたため、浩司が愛人の子だと信じて溺愛してきた誠は、紛れもなくゆみの実子だった。夫婦|真相|親子関係|修羅場|不倫1.7万字5 625 -
完結第16話
赤いガーベラと私の家
母の形見の絵を嫁に勝手に売られ、家事を当然のように押しつけられてきた50歳の愛子。限界を迎えた彼女は、母の保険金で購入した小さな家へ一人で移り住む。 ところが長男夫婦は、新居まで「実家」と決めつけ、家事をしてもらうつもりで強引に引っ越そうとする。愛子は荷物の受け取りを拒み、専門家の助言を得て、同居を認めない意思を書面ではっきり示す。 やがて母の絵は親切な購入者の手によって戻り、愛子は長男夫婦に「この家にあなたたちの部屋はない」と告げる。彼女が去った古い家では、夫も息子夫婦も、これまで愛子が背負っていた家事の重さを初めて知ることになる。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|相続|金銭問題1.6万字5 382 -
完結第14話
赤ちゃんの声が聞こえる姪が、夫の嘘を見抜いた日
生後一か月の息子を見た六歳の姪・美久は、「赤ちゃん、お父さんにひどいことをしないでって言ってる」と告げる。その言葉に、夫・徹だけが激しく動揺した。 育児をせず、暴言を重ねる夫に違和感を抱き始めた亜鳥。やがて美久が書斎で見つけた封筒から、亜鳥を被保険者、徹を受取人とする高額な生命保険の書類が発見される。 さらに調べると、徹には隠していた借金と別の女性がいた。夫婦|真実|真相|親子関係1.4万字5 1334 -
完結第12話
私にだけハズレ料理を出す義母の誤算
月に一度の義実家での食事会。真希にだけ、焦げたご飯、肉のない煮物、殻付きのエビ、骨だらけの刺身が出される。しかし夫・隆は「偶然だ」「被害妄想だ」と、母親を庇い続けた。 妊娠を知った真希は、わが子を守るため、記録を残しながら静かに脱出の準備を始める。そんな中、義母は「誰がハズレを引くかしら」と、中身の違うメンチカツを食卓へ並べた。 真希が選んだ一つを切ると、中から現れたのは肉ではなく、形を整えたかまぼこ。長年「偶然」で隠されてきた嫌がらせが、夫と義父の前で初めて暴かれる。怒り|嫁姑|夫婦|修羅場1.3万字5 1398 -
完結第20話
家族投票の三日後
お盆の親族会で、地味な事務員として働く美緒は、姉から「家族の投票で決めた。今すぐ出ていけ」と追放を宣告される。両親も親戚も、姉の婚約者も笑って賛成した。 しかし彼らは知らなかった。倒産寸前だった老舗旅館を救い、土地と建物を買い取った真の所有者が、美緒であることを。彼女が姿を隠して注ぎ続けた資金がなければ、旅館は一か月も維持できなかった。 美緒が援助を止めると、家族の浪費と巨額の不正支出が露見する。さらに姉の婚約者も、旅館の資産を利用して自社の損失を埋めようとしていた。そして三日後、華やかな結納の最中、執行官と弁護士が現れる。怒り|嫁姑|金銭問題|修羅場1.9万字5 966