"母が着続けた一枚の着物" 第5話
美紀はし笑った。
「うん。これはね、おばあちゃんのいだけじゃないの」
「じゃあ、何?」
美紀は着物を広げながら答えた。
「誰かを切にう気持ちが残っているの」
娘には、まだ完全には理解できなかったかもしれない。
でも、美紀は急いで説しようとはわなかった。
いつかので、切なとの別れや約束を経験した、このが分かるが来るとったからだ。
が流れ、ある正の。
美紀は孫と緒に神社へ向かった。
紺の着物を着た美紀の隣には、さな孫が歩いていた。
昔、母と歩いた。
昔、母が着物姿で向かった所。
同じ町の景はし変わっていた。
古い商は減り、しい建物が増えていた。
それでも、美紀の胸のには、母がきた代の記憶が残っていた。
神社の境内で、孫が尋ねた。
「おばあちゃん、その着物古いの?」
美紀は笑った。
「うん。とても古いよ」
「じゃあ、しいの買えばいいのに」
その言葉を聞いた瞬、美紀は昔の自分をいした。
だった頃の自分。
母に同じような言葉を投げかけた自分。
美紀は優しく答えた。
「古いから切なんだよ」
「どうして?」
「このにはね、昔ののいが入っているから」
孫は議そうに着物を見つめた。
そのさな姿を見ながら、美紀はので母に話しかけた。
お母さん。
やっと分かったよ。
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あなたが守っていたものが何だったのか。
あなたは古い着物を着ていたんじゃない。
切なとの約束を、毎につけていたんだね。
昭という代には、物をく使うことが当たりだった。
壊れたら直す。
古くなったらを入れる。
簡単に捨てない。
そこには、物を切にするだけではなく、そこに込められたを切にするがあった。
枚の古い着物。
何度も修繕された布。
あせた紺。
それは、ただのではなかった。
の女性が守った友の証だった。
そして、母から娘へ受け継がれた、優しさの形だった。
代が変わっても、美紀のでは正になると必ずあの紺の着物がされた。
最初の頃、美紀自もし迷っていた。
周囲のたちは、しいを着てを迎える。
今の代なら、もっと華やかな着物やを選ぶもい。
それでも、美紀は母から受け取った枚を選び続けた。
理由は、もう昔とは違っていた。
誰かに見せるためではない。
誰かと比べるためでもない。
この着物を着るたびに、母のき方をいすからだった。
母・子は、自分のために何かを残したわけではなかった。
価な宝も、豪華な具も残さなかった。
けれど、枚の着物を通して、を切にする気持ちを残してくれた。
それが、美紀にとって何よりきな贈り物だった。
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あるの、美紀は母の古い帳を見つけた。
実の片付けをしていた、押し入れの奥からてきたさな茶の帳だった。
には、買い物の記録や族の予定が細かくかれていた。
そのに、何度も同じ言葉が残されていた。
「節子さんの着物、今も無事」
美紀はその文字を見て、胸がいっぱいになった。
母は誰かに見せるために記録していたのではない。
ただ、自分自に確認するためだったのだ。
今も元気にを迎えられた。
今も切な約束を守れた。
その証として、き残していたのだ。
さらにページをめくると、あるの付の横にい文章があった。
「美紀が結婚。節子さんにも見てほしかった」
その文を見た瞬、美紀のが止まった。
結婚式の。
自分は母の着物姿を恥ずかしいとった。
でも母は、そのも節子のことをっていた。
本当なら、あの着物を着て娘のれのを迎えたかったはずだ。
しかし母は、自分の気持ちより、美紀の気持ちを優先した。
それが母というだった。
美紀は帳を閉じ、しばらく静かに涙を流した。
は、失ってから初めて気づくことがある。
くにいるには当たりだった優しさ。
何気ない言葉の奥にあったい。
母が何も言わずにしてくれていたこと。
美紀は、もっとくりたかったとった。
もしの頃に戻れるなら。
もし結婚式のに戻れるなら。
きっと違う言葉をかけていただろう。
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