"母が着続けた一枚の着物" 第6話
「お母さん、その着物……素敵だね」
そう言いたかった。
しかし、は戻らない。
だからこそ、美紀は残されたものを切にしようとった。
着物に込められたいを、次の世代へ伝えていこうとった。
数、美紀の娘が結婚することになった。
結婚の話を聞いた、美紀はすぐに母のことをいした。
自分が結婚したのこと。
母が静かに着物をしまったのこと。
あのの母の表を、今なら理解できる。
しかったはずだ。
寂しかったはずだ。
それでも、娘の幸せのために笑った。
美紀は娘に、あの着物の話をした。
「あなたのおばあちゃんね、この着物をずっと切にしていたの」
娘は驚いた顔をした。
「そんなに古い着物だったの?」
「うん。でも、おばあちゃんにとっては古いものじゃなかったんだよ」
美紀はゆっくり説した。
若い頃の母。
親友だった節子さん。
戦の苦しい代。
そして、い守り続けた約束。
娘は静かに話を聞いていた。
「おばあちゃん、優しいだったんだね」
その言葉を聞いた瞬、美紀の胸が温かくなった。
ようやく母のいが、次の世代へ届いた気がした。
結婚式の。
美紀の娘は、あの着物をにつけることはしなかった。
現代のしい装を選んだ。
しかし、式のに度だけ着物に触れた。
「おばあちゃんも、今ここにいる気がするね」
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その言葉に、美紀は涙をこらえた。
母が願っていたこと。
それは、着物を永に残すことではなかったのかもしれない。
本当に残したかったものは、をいやるだった。
節子が子に託した願い。
子が美紀へ伝えた優しさ。
そして、美紀が娘へ伝えようとしているい。
それは形を変えながら、確かにつながっていた。
物はいつか壊れる。
布はいつか傷む。
どれほど切にしていても、永に同じ姿では残らない。
けれど、その物に込められた気持ちは、ののでき続ける。
母が守った枚の着物は、何ものを超えて、族をつなぐになっていた。
美紀はその夜、久しぶりに母の写真を取りした。
写真のの子は、あの紺の着物を着て笑っていた。
若い頃の節子と並んで撮った写真。
族と撮った写真。
どれも派ではなかった。
けれど、そこには確かな幸せが写っていた。
美紀は写真に向かってさく呟いた。
「お母さん、ちゃんと受け取ったよ」
返事はない。
それでも、議とは穏やかだった。
母が残してくれたものは、今も自分のにある。
昭から平成、そして令へ。
本の暮らしはきく変わった。
物は豊かになり、欲しいものは簡単にに入るようになった。
しい、しい具、しい。
便利な代になった。
しかし、その方で、古い物に込められたいを忘れてしまうことも増えていた。
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美紀は々、孫たちにこの着物を見せた。
「昔はね、物を簡単には捨てなかったんだよ」
孫たちは議そうに聞いた。
「どうして?」
美紀は笑って答えた。
「そこに、切なとのいがあるから」
今の子どもたちにとって、古い着物はただの古い布に見えるかもしれない。
でも、美紀はっていた。
物の価値は、しさだけでは決まらない。
どれだけく使われたか。
誰が切にしてきたか。
そこにどんながなっているか。
それこそが、本当の価値なのだと。
ある正の。
美紀は再び紺の着物に袖を通した。
鏡を見ると、そこには母の面がしだけなって見えた。
若い頃、恥ずかしいとっていた母の姿。
今では、その姿が何より誇らしくじられた。
母は貧しかったから古い着物を着ていたのではない。
切なものを放さなかったのだ。
の友との約束。
族への。
そして、ので会った々への謝。
すべてを、その枚に込めていた。
美紀は神社へ向かうで、ふと空を見げた。
たいの空気。
静かな町並み。
昔と変わらない正の景。
その瞬、母が隣を歩いているような気がした。
「今も元気です」
のでそう伝えた。
きっと節子さんにも届いている。
母が何も続けてきたように。
切なを忘れないために。
きている今を切にするために。
枚の古い着物は、これからも族ので受け継がれていく。
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