"母が着続けた一枚の着物" 第8話
昭という代。
々は今ほどくの物を持っていなかった。
しい物を次々に買うこともできなかった。
しかし、その分、つの物を切にするがあった。
壊れたら直す。
古くなったらを入れる。
いがあるから簡単には放さない。
そこには、物以の価値があった。
枚の古い着物。
何も着続けられた紺の布。
それは、ただのではなかった。
の女性の友。
母から娘へ受け継がれた。
そして、代をきた々の温かな記憶だった。
昭45。
母が絶対に品の着物を買わなかった理由。
それは、貧しかったからでも、していたからでもない。
枚の着物に込められた、切なとの約束を守るためだった。
そしてその約束は、代を越えて、今も族のでき続けている。
それからさらにいが過ぎた。
美紀は70歳を迎えた頃、自分でも議にうことが増えていた。
若い頃には、あれほど古くじていたものが、今では何より切にえるようになっていた。
昔の具。
古い写真。
母が使っていたさな裁縫箱。
そして、桐箱のに静かに眠る枚の紺の着物。
の価値観は、齢とともに変わるものなのだと、美紀はった。
若い頃の自分は、しいものに囲まれていることが幸せだとっていた。
しい。
しい。
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周囲よりし良いものを持っていること。
それが、になることだとっていた。
だから、毎同じ着物を着る母の姿が理解できなかった。
「どうしてしいものを買わないの?」
何度もそうった。
母はしているだけだとった。
欲しいものを買えない、かわいそうなだとっていた。
しかし、が経った今なら分かる。
母は何も失っていなかった。
むしろ、誰よりも切なものを持っていた。
それは、おでは買えないものだった。
との約束。
誰かをう気持ち。
過ぎったへの謝。
それらは、しい物を買うことで得られるものではなかった。
あるの、美紀は孫娘と緒に押し入れの理をしていた。
孫娘は、古い箱を見つけて首をかしげた。
「おばあちゃん、この箱なに?」
美紀はし笑った。
「事なものが入っている箱よ」
「宝物?」
「そうね。あるでは宝物かな」
孫娘が興そうに箱をける。
からてきたのは、あの紺の着物だった。
孫娘は驚いた顔をした。
「すごく古いね」
その言葉を聞いて、美紀は昔の自分をいした。
だった頃。
母に向かって言った言葉。
「もうその着物やめたら?」
あのの自分は、着物しか見ていなかった。
古い布。
あせた柄。
何度も直された袖。
でも、本当に見るべきだったのは、そこではなかった。
その奥にあるだった。
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美紀は孫娘に話し始めた。
「この着物ね、おばあちゃんのお母さんが、ずっと切にしていたものなの」
「おばあちゃんのお母さん?」
「そう。あなたのひいおばあちゃん」
孫娘は静かに着物を見つめた。
美紀はしずつ話した。
戦すぐの代。
物がしていた頃。
若い女性だった子と節子が、同じで働いていたこと。
が苦しい活のでも、支えっていたこと。
そして、枚の着物に込められた約束。
孫娘は途で何度も質問をした。
「その節子さんは、どんなだったの?」
美紀はし考えてから答えた。
「るいだったって聞いているよ」
「しい話なのに?」
「うん。でもね、お母さんは節子さんのことをしいとして覚えてほしくなかったんだとう」
美紀は窓のを見た。
の空は、昔と変わらないをしていた。
「くなったをいす、ただしむだけじゃなくて、そのがきていたを切にすることも事なんだって、お母さんは教えてくれたの」
孫娘は黙って聞いていた。
まだ完全には理解できないかもしれない。
でも、美紀はそれでよかった。
母が自分に伝えたかったことも、若い頃には分からなかった。
は、経験しなければ分からないことがある。
誰かを失うしみ。
誰かを守りたいとう気持ち。
そして、が経って初めて気づく。
それらは、言葉だけでは伝わらない。
のでしずつ受け取っていくものなのだ。
美紀はその夜、で着物を広げた。
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