"最後の上映会" 第6話
「父は途から、弟を見つけるために撮っているのか、弟がいなくなった町を忘れないために撮っているのか、自分でも分からなくなったそうです」
恵子は鞄から冊のいノートを取りした。フィルムの撮、所、映っている物について、正が覚えている範囲でき残したものだった。
最の数ページには、まだ届けていない3本のフィルムについて記されていた。そのうち最の本の欄だけ、撮内容が空になっていた。
〈座が本当に終わるに映すること〉
そうかれているだけだった。
「父は、それだけは最までけないでほしいと言いました。私もをりません」
清治はノートを閉じた。座の取り壊しは3末に決まっており、建設会社との契約も済んでいた。本当に終わるは、すでに2か半まで迫っていた。
「さんを、映会へ連れて来られませんか」
恵子は窓ののを見た。父は歩くことも難しく、の移に耐えられる状態ではなかった。
「たぶん、無理だといます」
「では、こちらから見せにきます。町のがフィルムを見ている姿を、しいフィルムに撮って」
清治の提案に、恵子は目を見いた。清治自も、にすまで考えていなかった。しかし、正が町へ返してくれたに対し、今度は町が返事をする番だとった。
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清治は商会の々へ、フィルムの送り主が正であることを伝えた。弟を探しながら町の常を撮していたこと、病から本ずつ返そうとしていることを話すと、映会に集まった々はい黙っていた。
最初にをいたのは柴田だった。
「俺たちは映像を見せてもらって、泣いたり懐かしがったりしていただけだ。さんには、ここで何が起きているのか伝わっていないんだな」
商会は、正への返事となる8ミリ映像を撮ることにした。町の器からカメラを借り、撮経験のある学教師に協力を頼んだ。
ただ昔の所を映すのではなく、フィルムに登した々が現の姿で同じ所につ構成にした。若かった百の柴田は妻の千代が笑った先にち、計のは弟と弁当をべた川辺へった。
すでにがなくなった所では、現の建物を映した、昔の写真をカメラのへ掲げた。町をれたからもいを集め、本や族に読みげてもらった。
「さん、千代をもう度歩かせてくれてありがとう」
柴田はカメラので何度も言葉に詰まった。準備していたを途で畳み、最は自分の言葉で話した。
「病気になってからの女しかいせなくなっていた。でも、あなたのフィルムを見て、若い頃の笑い方をいした。
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あの映像は、俺がぬまで事にします」
は弟の写真を胸に抱き、「あの子が本当にきていたことを、今になってもう度確かめられました」と語った。画面のでは商の女性たちが泣き、撮者も度カメラをろした。
清治は座の客席で撮した。破れた座席を直す、灯油を運ぶ若者、毎週同じ席へ座る老、スクリーンを見つめる子供たちの横顔を映した。
最に清治自が映写へった。
「君、君が町をれてから、座もずいぶんを取った。私も同じだ。閉館したは、何も残せなかったとっていた。でも君のフィルムを見て、映画館は建物のだけにあるものではないとった」
清治は度言葉を止め、背の映写を振り返った。
「ここで見たものを誰かが覚えている限り、座は完全にはなくならない。町のを返してくれて、ありがとう」
撮したフィルムは現像にし、2初旬に完成した。清治と子、恵子の3は、映写とスクリーンを抱えて京の病院へ向かった。
正は個のベッドに横たわり、酸素の管を付けていた。痩せて頬が落ちていたが、清治を見ると、昔と同じように目を細めた。
「さん、ずいぶん老けましたね」
「君にだけは言われたくない」
2は笑った。清治は、なぜ名を名乗らなかったのかと尋ねた。
正はしばらく井を見た、静かに答えた。
「私は町を捨てただとっていました。
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