"最後の上映会" 第8話
かつて島が問題にしたように、昔の映像だから自由に公してよいわけではない。保会は、公できる映像、族の同が必な映像、非公とする映像を分けることにした。
清治はその作業を通じ、記憶を残すことの難しさをった。懐かしいという言葉だけで、のを勝に見せてはならない。映像を守るとは、フィルムを棚へ置くだけでなく、そこに映ったの尊厳も守ることだった。
3に入ると、座の玄関には「最終映会 330」とかれた作りの板が掲げられた。映するのは正が最まで残していたフィルムと、これまでの映像から許を得た面を編集した町の記録だった。
町をれた々にも案内状を送った。席できない者からはや報が届き、座で初めて映画を見たの記憶、夫婦で通った頃のいが綴られていた。
ところが、最終映会を1週に控えた夜、清治が映写で材を確認していると、井からさなが落ちた。古い配線がショートし、映写の部が焦げたのである。
清治はすぐに源を落とし、は広がらなかった。しかし気事業者から、修理しない限り建物全体への通は危険だと告げられた。
修理にはなくとも20万円かかる。あと数で取り壊される建物へ、それだけのを使う余裕はなかった。
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「最の映は無理かもしれない」
清治が呟くと、子は首を横に振った。
「フィルムはある。スクリーンも、見たいもいる。りないものが気なら、別の方法を探せばいい」
座の本当の最をに、町の々はもう度き始めた。
気が使えないとった商会は、を営む民から型発を借りることにした。しかし古い映写と、照を同にかすだけの力はなく、すべてを使えば圧が定になる恐れがあった。
最終映会は昼に変更し、館内照とを使わず、映写だけを発につなぐことになった。3末とはいえ館内はえるため、参加者には着を頼み、商の堂が温かい甘酒とお茶を用した。
映写そのものにも問題があった。最のフィルムは通常より劣化がみ、試写すれば途で切れる能性がある。正は途で止めず最まで見るよう求めていたが、その願いをかなえるには修復が必だった。
正夫は県内の写真へフィルムを持ち込み、主と緒に傷んだ接続部分を補修した。作業は夜まで続き、映像面を傷つけないよう、数センチずつで確認した。
方、清治は最のフィルムをまだ見ていなかった。先に内容を確認しなければ公の判断はできないが、正との約束を考えると、最終映のに初めて見たいといういもあった。
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結局、子と保会の代表2が先に確認することになった。清治は映写ので待ち、内容に公できない面があればらせてほしいと頼んだ。
映を終えててきた子は目を赤くしていた。
「叔父さん、これは皆に見せて丈夫。でも、叔父さんには当まで見ないでほしい」
「何が映っていた」
「それを言ったら、さんが最まで隠したがなくなるわ」
清治はそれ以尋ねなかった。ただ、文子が関わっていると聞いて以来、胸の奥に落ち着かないものが残っていた。
最終映会の、建設会社の担当者が座を訪れた。取り壊し始は42で変更できないが、正面ののと板は、清治が希望するならして渡すと申した。
「全部壊して処分するものですから、費用はいりません。町のが切にしていると聞きました」
清治はをげた。建物そのものは失われても、板はしく作る映像資料へ移す計画があった。商の空き舗を借り、フィルムと写真、座の座席を数脚保することになっていた。
330、最終映会の朝はよくれた。座のには2からが集まり始め、商の端まで列が伸びた。
客席へ入れないのため、ロビーやにも子が並べられた。町をれていた々が子供や孫を連れて戻り、久しぶりに顔をわせた者同士が、昔のや学の話をしていた。
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