"焼け跡の花束" 第10話
そのの、健は「はるの」の角へ、さな展示棚を作った。焼け跡から見つかった子と子供たちの写真、保されたレンガ、源蔵の帳面の複製を並べた。
展示の横には、子を偉としてたたえる言葉も、惨な戦争を調するい説も置かなかった。健は枚のに、い文章だけをいた。
〈べ物のない代、の女性が自分のパンを子供たちへ分けました。そののが、このを作りました〉
を訪れた客は、パンが焼きがるまでのに写真を眺めた。昭20の焼け跡につ痩せた子供たちと、その央で笑う子の姿を見て、隣にいる自分の子供のを握る者もいた。
毎3になると、健は最初に焼いたパンをつ展示棚へ供えた。その、パンがくなるに所の子供へ渡し、棚には野だけを残した。
「供えたものをべてもいいの?」
孫に尋ねられると、健は笑って答えた。
「子さんは、べ物を飾っておくじゃないよ。お腹を空かせたがいたら、すぐべなさいと言うだった」
健がくなったも、「はるの」はになると児童施設へパンを届け続けた。息子から孫へが受け継がれ、子の写真も内に残された。
焼け跡もレンガ壁も、健が毎朝歩いたのも、やがて町から消えた。しかし、子が渡したものは形を変えながら残り続けた。
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切れのパンはに次のを与え、そのが焼いたパンは、別の子供たちへ未来を考えるを与えた。数本の野はの女性の記憶を町へ残し、帳面にかれた言葉は、彼女をらない世代へその優しさを伝えた。
昭22、夜けの焼け跡へを置いていたは、くなったへ祈っていただけではなかった。自分を見つけ、「きていていい」と伝えてくれた女性へ、言葉にできなかった謝を返していたのである。
のを変えるものは、いつもきな来事とは限らない。の事さえ分からないに差しされた半分のパンや、誰にも見られない所へ置かれたさなが、そのの歩く方向を何も照らすことがある。
子は、自分がのを救ったとはらないままくなった。それでも、彼女の優しさは健ので終わらなかった。
受け取ったが次の誰かへ渡した、さな優しさは、の記憶からい物語へ変わる。
「はるの」の窓辺では、毎になると黄いレンギョウが咲いた。そののを、焼きたてのパンを抱えた子供たちが笑いながらっていった。
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