"質屋に出された夫の時計" 第10話
それでも最に。
逃げれば助かったかもしれない所から、の声を聞いて戻った。
その事実だけで分だった。
数。
京の町並みがきく変わり始めた頃、吉が千代のもとを訪れた。
以より焼けし、額の傷もくなっていた。
官の仕事を続けているという。
「今度、しい学の事に入ることになりまして」
吉はし照れたように言った。
「そうですか」
「材料を見るたび、信介さんのことをいすんです」
千代は黙って聞いていた。
「昔は、からこれを使えと言われたら、そのまま使ってました。でも今は、自分でも確認するようにしています」
「信介さんなら、そうしろと言う気がして」
吉はそう言って笑った。
千代もし笑った。
信介本はいない。
それでも、あのが最まで守ろうとしたものは、別の誰かのへ残っている。
そうえた。
田所とも、くのやり取りが続いた。
丸田組の正については、震災でくの資料が失われたため、すべてをらかにすることはできなかった。
関わっていたのには、責任を曖昧にしたまま会社をった者もいた。
完全な決着とは言えなかった。
けれど信介が残した帳簿によって、なくともいくつかの現で規格の資材が使われていたことは確認された。
田所は最のに、こういていた。
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「信介君は、全部を変えることはできなかったかもしれません。
しかし、誰も何も言わなければ、何も残りませんでした。
あの帳簿が残ったことで、なくとも次に同じことをするは、度はち止まるでしょう」
千代はそのも、信介の鞄へしまった。
が流れた。
震災をらない子供たちが町をり回るようになり、焼け野原だった所にはしい建物が並んだ。
以どこに何があったのか、分からなくなった所もい。
丸田組のあった帯も、やがて別の建物へ変わった。
ある。
千代はでその辺りを訪れた。
信介が最に歩いた所。
吉たちを助けるため戻った所。
けれど、もう当の面はほとんどなかった。
々がき交い、荷が通り、しいから声が聞こえる。
千代は端にち、しばらく町を見つめていた。
そして帯のから懐計を取りした。
の蓋をく。
止まった針。
裏蓋の文字。
「正74 千代より信介へ」
千代はさく息を吐いた。
「あなた」
誰にも聞こえない声で言った。
「京は、ちゃんと続いていますよ」
夫がいなくなっても。
自分がどれほどしくても。
朝は来た。
はを建て直した。
仕事へった。
子供がまれた。
町はしずつしくなった。
自分も同じだった。
信介を忘れたからきられたのではない。
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忘れないまま、きることを覚えただけだった。
千代は計の蓋を閉じた。
もう夫がどこで息を引き取ったのかを探し続けることはなかった。
分からないことは、分からないままでいい。
最の所をらなくても。
最の言葉を聞けなくても。
残されたが、そのがどうきたかを教えてくれることもある。
千代にとって信介の懐計は、「くなった夫の形見」だけではなかった。
度は疑った夫を。
もう度、自分のっていた夫として取り戻すために辿った、そのものだった。
秘密の部も。
も。
汽の切符も。
帳簿も。
計も。
最初に見えたとは、すべて違っていた。
だから千代は、その何かを見聞きした、すぐにつの答えを決めつけなくなった。
目のに残ったものだけでは、のまでは分からない。
その奥には、自分がまだらない理由があるかもしれない。
震災が奪ったものはかった。
。
仕事。
記録。
の命。
そしてには、くなった者が最に何をしようとしていたのかという理由まで、瓦礫のへ埋もれてしまった。
それでも。
個の計が残った。
冊の帳簿が残った。
枚の切符が残った。
いが残った。
そのさな痕跡をつずつ拾い集めた先で、千代は夫の本当の姿へ辿り着いた。
そして、それこそが。
信介が千代へ残した最の帰宅だったのかもしれない。
姿は戻らなかった。
声も戻らなかった。
けれど震災の混乱ので度見失った夫は、懐計に導かれ、ようやく千代ののへ帰ってきたのである。
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