"名札を戻せなかった夏" 第1話
昭198。
京のは、これまで10歳の桐美津子がっていたとは、まるで違うものになっていた。い差しも、蝉の声も、蒸し暑いもと変わらないはずなのに、たちの表だけがどこかく、空を見げる回数が増えていた。
空襲へのがごとにまり、国民学の子どもたちは次々と親元をれ、方へ疎することになった。
美津子もその1だった。
発の朝、母親はまだ暗いうちから起きて、美津子の荷物を何度も確かめていた。呂敷のには、ほんのわずかな着替えと拭い、それから用品がきちんと詰められていた。
美津子が着ているのは、母親が用してくれた紺の着だった。
胸にはい布が縫いつけられている。
「京本区 桐美津子」
母親は裁縫が得だった。角い布の端はきれいに折り込まれ、名の周囲まで細かな針目で丁寧に縫われていた。
美津子は何度も胸元を見ろした。
自分の名など、でも学でも毎呼ばれている。それなのに布にかれて胸につけられると、急に切なものになったような気がした。
「なくしたら駄目よ」
母親は名札を指で押さえながら言った。
「向こうでは先のお話をよく聞くの。勝なことをしないで、ちゃんとべられるにはべるのよ」
美津子は頷いた。
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本当は「お母さんも緒に来ればいいのに」と言いたかった。
けれど駅には、同じように子どもを送りす母親たちが勢いた。泣いているもいれば、必に笑っているもいる。
美津子の母親は笑っていた。
だから美津子も泣かなかった。
同じ列には、同級の森澄も乗ることになっていた。
澄も10歳だった。
同じ教で学び、休みには々緒に遊ぶ仲だったが、特別にいつも緒というほどではなかった。それでも親元をれてらないへ向かうとなると、見慣れた顔がくにいるだけでかった。
澄のは、美津子のよりずっと暮らしが苦しかった。
父親はすでにくなっており、母親が内職をしながら娘を育てていた。澄ののくは姉のおがりで、疎のに着ていた着も、袖や襟に何度も直した跡が残っていた。
胸には、美津子と同じようにい名札がついている。
「森澄」
けれど、その布は何度も縫い直されたため角がし曲がり、端から細い糸がほつれていた。
列がき始めてしばらくした頃だった。
向かいに座っていた男子が、澄の胸を見て笑った。
「森の名札、雑巾みたいだな」
くにいた別の子まで笑った。
澄は何も言わず、胸元をで隠した。
顔をげず、ただ膝のの呂敷をく握っている。
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美津子はその様子を横から見ていた。
の貧しさを自分ではどうにもできないことくらい、10歳の美津子にも分かっていた。母親がしい布を用できないことを理由に笑われる澄が、ひどくにえた。
美津子は自分の胸を指した。
「じゃあ、取り替える?」
澄が顔をげた。
「え?」
「これ。名札」
美津子は笑ってみせた。
「今だけ取り替えようよ。そうしたら、もう笑われないでしょ」
澄は目を丸くした。
「でも、美津ちゃんのお母さんが縫ったんでしょ」
「になったら戻せばいいよ」
ほんのいたずらのつもりだった。
列ので退屈していたこともあった。胸についている名が入れ替わったら、先が気づくかもしれない、それくらいの軽い気持ちだった。
2は座席の隅で、糸をしずつほどき始めた。
母親がしっかり縫った美津子の名札は、なかなかれなかった。澄が指先で糸を引き、美津子が布を押さえ、ようやく2枚の名札をすことができた。
きれいない布には「桐美津子」。
端のほつれた布には「森澄」。
2はそれを交換した。
には縫い直せなかったので、とりあえず糸を通して落ちない程度に留めた。
美津子の胸には「森澄」。
澄の胸には「桐美津子」。
「変なの」
澄がし笑った。
さっきまで俯いていた顔に、ようやく笑みが戻った。
「澄ちゃんが美津子で、私が澄」
「先、違えるかな」
「違えたら面いね」
2は顔を見わせ、声を抑えて笑った。
「には戻そうね」
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