"名札を戻せなかった夏" 第4話
自分たちが、また以の活へ戻れるのか。
そして昭208。
終戦を迎えた。
寺でも、そのらせはすぐに子どもたちへ伝えられた。
泣く者。
呆然とする者。
「これで帰れる」とぶ者。
美津子も最初は、胸がいっぱいになった。
戦争が終わった。
やっと京へ帰れる。
母親に会える。
そうった。
しかし疎していた子どもたちが順番に故郷へ戻され始めると、美津子と澄のには、戦争よりもい現実が待っていた。
終戦、寺にはしずつ迎えのが来るようになった。
父親が来た子。
母親が来た子。
い親戚が迎えに来た子。
昨まで隣で眠っていた友達が、荷物をまとめて1ずつ寺をていった。
「また京で会おうね」
そう言ってを振る子どもたちを、美津子と澄は何度も見送った。
本堂に並んでいた布団の数はしずつ減った。
夜になると、以より空が広くじられた。
美津子はのなくなった本堂を見回すたび、がきくなった。
自分たちの迎えはいつ来るのだろう。
先は何度も京へ問いわせてくれていた。
しかし、はっきりした返事はなかなか届かなかった。
そしてある、京からしい名簿が届いた。
先は美津子と澄を別へ呼んだ。
机のには数枚のが置かれていた。
先はしばらく言葉を選んでいた。
その様子を見ただけで、美津子は良いらせではないと分かった。
広告
「桐さんのは、空襲で焼けていることが分かりました」
美津子は先の顔を見つめた。
「お父さんとお母さんは?」
「今のところ、消息が確認できていません」
消息。
10歳の美津子には、その言葉が何をするのか、完全には理解できなかった。
くなったとは言われていない。
けれど、きているとも言われない。
どこかにいるかもしれない。
けれど、誰も所をらない。
その曖昧さが、かえって苦しかった。
澄のについてもらせがあった。
森も焼失していた。
そして澄の母親は、空襲でくなった能性がいと記されていた。
澄は何も言わなかった。
先のでは泣かなかった。
ただ膝ので両を固く握り、俯いていた。
部をたも、2はしばらく話さなかった。
寺の廊を歩き、本堂の隅へ戻った。
周囲では、迎えが来た子が嬉しそうに荷物をまとめている。
美津子はその声を聞きながら、澄の横顔を見た。
「澄ちゃん」
呼んでも返事がなかった。
しばらくして、澄がさく言った。
「お母さん、もういないのかな」
美津子には答えられなかった。
「分からないよ」
「でも、先は……」
「分からないんだから」
しい声になった。
それは澄を励ますというより、美津子自が受け入れたくなかったからだった。
自分の両親も消息。
澄の母親も、きているかどうか確かめようがない。
広告
2とも、帰る所を失うかもしれなかった。
夜、美津子は布団ので胸の名札を触った。
「森澄」
そこにかれている名を指先でなぞった。
隣を見ると、本当の澄の胸には「桐美津子」とある。
「ねえ」
美津子が言った。
「名札、戻そうか」
澄はしばらく黙っていた。
「うん」
けれど2とも起きがらなかった。
にしよう。
急ぐ必はない。
そんな気持ちが、また2を止めた。
その数だった。
寺へ、見らぬ女性がやってきた。
齢は母親よりしに見えた。
いのりを来たのか、疲れた顔をしていた。
女性は先にをげ、持ってきたを見せながら言った。
「潟から来ました。桐美津子を引き取りに来たんです」
その言葉が、美津子と澄の運命を決めることになる。
女性は、桐美津子の伯母だった。
美津子の父親の親族で、潟に暮らしているという。戦から桐とは付きいがく、美津子本とは幼い頃に度会っただけだった。
空襲、親戚の消息を調べるで、美津子が野へ学童疎していることをった。
両親が見つからない以、自分が引き取るしかない。
そう考え、寺まで迎えに来たのだった。
先が子どもたちのいる本堂へ入ってきた。
美津子は、何の話からないまま顔をげた。
「桐美津子さん」
名を呼ばれた。
本来なら、美津子がちがるはずだった。
けれどその瞬、先にった子がいた。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 104 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 529 -
完結第22話
大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起
大正11年、北陸の港町。旅回りの朝霧一座が芝居の幕を上げた瞬間、十五人の役者が客席に向かって土下座した。前売りの金は一座に届かず、衣装まで劇場に差し押さえられていたのだ。若い女優・志乃は、失われた金の行方を追い始める。やがて浮かび上がったのは、興行師の隠された借金と劇場主の不自然な勘定。さらに再起を懸けた公演を前に、看板役者が台本を持って姿を消してしまう。芝居も仲間も失いかけた志乃は、自分たちの手で新しい幕を開けようと決意する。時代|歴史|昭和2.8万字5 123 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 745 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 1884 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 378 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 367 -
完結第20話
昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女
昭和34年、青森から集団就職列車で上京した15歳の澄子。しかし迎えの男は、「佐藤澄子は昨日から働いている」と告げ、十二人のうち彼女だけを駅に置き去りにする。 工場では、石川鈴という少女が澄子の名前と勤務番号を与えられていた。さらに偽造された退職届、説明のない給与控除、未発送の手紙など、少女たちを名前と番号で管理する不正が次々と明らかになる。時代|歴史|昭和2.8万字5 1242 -
完結第16話
昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由
十五歳で大工に弟子入りした直人は、一年間、掃除と雑用ばかりの日々を送っていた。ところが昭和五十三年の春、厳格な棟梁・源造から突然、「今日から毎晩残れ」と命じられる。 鉋、墨付け、仕口、図面。三年かけて覚えるはずの技を急いで教え込まれる一方、棟梁の体は日に日に弱っていく。やがて直人は、夜の稽古が自分を酷使するためではなく、残された時間で技術を託すためだったと知る。 師のいない現場で家を完成させた直人に遺されたのは、「半人前」と書かれた道具箱。しかし、その紙の下には、棟梁が生涯口にしなかった本当の言葉が隠されていた。時代|歴史|昭和2.6万字5 307 -
完結第16話
昭和24年、帰還した夫の家に別の夫がいた
戦地から四年ぶりに帰還した清太を待っていたのは、妻・文子と見知らぬ夫、そして二人の幼い娘だった。「ここはもう私たちの家です」と告げられ、清太は自分が死者として扱われていたことを知る。 出征直前、文子の胎内にいた息子・浩はすでに八歳。しかし浩は母のもとではなく、山村の伯母夫婦に育てられていた。妻も家も息子も取り戻したい清太だったが、彼のいない四年間にも、それぞれが生き延びるために築いた暮らしがあった。 実父の清太、母と暮らす政男、自分を育てた伯父。三人の「父」を持つ浩を前に、清太は家族が奪い返すものではないと気づいていく。時代|歴史|昭和1.4万字5 240