"名札を戻せなかった夏" 第10話
を21へ戻すことはできない。
美津子はし考えた。
そして首を横に振った。
「分からない」
澄が涙のまま笑った。
「私も分からない」
それが2の答えだった。
正しかったとは言えない。
の名を名乗り続けたことを、簡単に美しい話にすることもできない。
反対に、完全な違いだったとも言い切れなかった。
あのの2には、今のように未来を考える力はなかった。
戸籍がどうなるか。
学の記録がどうなるか。
結婚したらどうなるか。
子どもがまれたらどうなるか。
そんなことを10歳の女が像できるはずもなかった。
ただ1は、友達が誰かに抱かれて泣く姿を見た。
もう1は、初めて自分を族として抱きしめてくれるの腕のにいた。
戦争が終わった本には、何も持たない子どもが勢いた。
を失った子。
両親を失った子。
故郷へ戻れなかった子。
自分がどこできていけばいいのか、にも分からない代だった。
美津子と澄は、そので名を交換したままきることを選んだ。
最初は、ほんの冗談だった。
「名札が雑巾みたいだ」
男子にそう笑われた澄を見て、美津子がいついた。
「じゃあ、取り替える?」
2は笑いながら糸をほどいた。
あのの名札は、ただのい布だった。
しかしが流れるにつれて、そこにが縫いつけられていった。
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働いた々。
泣いた夜。
結婚。
子どもの誕。
族と囲んだ卓。
自分をその名で呼ぶ々の声。
名は、もはや布を剥がすように簡単には取り替えられなかった。
再会、2が21の状態へ戻ることはなかった。
それぞれが、それまで暮らしてきたを続けた。
美津子は「森澄」として築いた庭へ戻った。
澄も、それまで「桐美津子」として歩いてきた活へ戻った。
けれど、2のだけでは違った。
美津子は澄を「澄ちゃん」と呼ぶことができた。
澄は美津子を「美津ちゃん」と呼ぶことができた。
その呼び方のだけは、昭19のから何も変わっていなかった。
老教師は、そのも自分を責めていた。
「私が気づいていれば」
何度もそう言った。
だが2は、教師に責任を負わせなかった。
あの混乱ので、1の教師が全てを見抜くことなど難しかった。
何より最の夜、美津子と澄は自分たちで決めた。
「本当のことを言う」
そう言った澄に、
「言わなくていい」
と答えたのは美津子だった。
それが子どもの判断だったとしても、2にとって忘れることのできない選択だった。
が流れても、美津子は々母親のことをいした。
紺の着。
発の朝。
い布へかれた自分の名。
針を使って、名札を丁寧に縫いつけていた母親の。
「なくしたら駄目よ」
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母親はそう言った。
美津子は、その名札をなくしたわけではなかった。
友達に渡した。
そして、その名そのものまで渡した。
母親がそれをったら、何と言っただろう。
っただろうか。
しんだだろうか。
それとも、10歳の娘がなぜそんなことをしたのか、分かってくれただろうか。
その答えを聞くことはできなかった。
澄にも、同じように忘れられないものがあった。
端のほつれた名札。
母親が何度も縫い直してくれた布。
男子に「雑巾みたいだ」と笑われた、自分は恥ずかしくて胸を隠した。
けれど今えば、それは母親が貧しい暮らしので、何度も針を通してくれたものだった。
その名札を美津子へ渡したまま、母親とは度と会えなかった。
2は互いの名だけでなく、それぞれの母親が縫った布まで交換していた。
昭198。
疎列に乗る2の女にとって、名はまだ自分のものだと疑う必すらないものだった。
桐美津子は桐美津子。
森澄は森澄。
それは朝が来ればが昇るのと同じくらい当たりだった。
しかし戦争は、その当たりを壊した。
がなくなった。
族が消えた。
学の記録が焼けた。
誰かの名を胸につけたままでも、それを確かめてくれるがいなくなった。
そして2は、その隙のでになった。
名とは何なのか。
まれた、親から与えられたものなのか。
戸籍にかれた文字なのか。
誰かに呼ばれ続けることで自分の部になっていくものなのか。
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