"退職と書かれた娘たち" 第10話
志乃が逃がした娘たちについても、「誘拐された被害者」ではなく、自らをれることを望んでいたことが確認された。
警察の事聴取を終えた志乃は、刑事事件として処罰されることはなかった。
ただし、へ戻ることはできなかった。
裁縫所の角で再び働くようになった。
トメも数かにを辞めた。
本が申したことになっていたが、実際には会社側から居づらくされたのだろうと誰もがっていた。
フミは裁縫所で見習いとして働き始めた。
最初のは紡績にいた頃よりなかった。
しかもみ込みではないため、費や活費も自分で考えなければならない。
故郷へ送れるはきく減った。
母からが届いた。
〈を辞めたと聞きました。最初は驚きました。清のことは配せんでよろしい。学は何とかします。あんたが体を壊して帰ってくる方が困ります〉
フミはそのを何度も読み返した。
自分が阪へた、族のためには働き続けるしかないとっていた。
けれど、自分が勝に背負いすぎていた部分もあったのかもしれない。
清からもいが入っていた。
〈姉ちゃん、僕は学をやめません。先が勉を見てくれます。僕もきくなったら働きます〉
フミは泣いた。
その夜、裁縫所で千代と緒に針仕事をしながら、しだけ未来の話をした。
広告
「私、ここでちゃんと縫えるようになりたい」
千代が言った。
「も?」
「うん。いつか自分の持ちたい」
「きい?」
「さくていい」
2は笑った。
にいた頃、来のことを話しても、本当にそこまで働き続けられるか分からなかった。
今も未来が全になったわけではない。
収入はない。
病気になれば困る。
族との問題もなくなっていない。
それでもつだけ違った。
ここを辞めたいとった、自分で辞めると言える。
そのことが、フミには何よりきかった。
それから数が過ぎた。
紡績そのものがすぐにきく変わったわけではない。
方から若い娘たちは引き続き集められ、寄宿舎で暮らしながらい働いた。借り、族への送、病気、結婚といった事も、つの記事や冊の帳簿だけで消えることはなかった。
それでも、ので病気の女を休ませる取り決めが以より厳しくなったという話が、にフミのへ入った。
無断退職者についても、それまでのように単に「実へ帰った」とだけ処理することが難しくなったらしい。
誰かが問題をにすると、記録が残る。
記録が残れば、から「何もなかった」とは言い切れなくなる。
志乃は裁縫所で若い女たちの相談に乗り続けた。
以のように夜にから逃がすようなことはしなくなったが、きのない娘が来れば働きを探し、む所を紹介した。
広告
の薬指が欠けたまま、器用に布を押さえ、何枚もの着物を縫った。
千代は21歳になる頃、自分と同じ裁縫所で働いていた青と結婚した。
父親が決めた42歳の商ではなかった。
故郷とはい疎になったが、数には母親とだけをやり取りするようになった。
キヨもハナも、それぞれ別の町で働き続けた。
全員が幸せになったとは言えない。
仕事を変えて苦労した者もいたし、族と縁が切れた者もいた。
自由になれば、必ず幸福になるわけではない。
ただ、自分で選んだ結果を自分で引き受けることと、選ぶことさえ許されないは、同じではなかった。
フミは20代になる頃には、の裁縫師になっていた。
の部を故郷へ送り続け、弟の清は願だった学へんだ。
あるの、久しぶりに徳島のへ帰った。
母は以よりさく見えた。
父は病気がみ、畑仕事はほとんどできなくなっていたが、フミの顔を見ると何も言わずに頷いた。
夕の、母と2になった。
母が言った。
「阪の、辞めたな」
フミは顔をげた。
「正直、最初は腹がった」
母は笑った。
「清をどうするんだ、借をどうするんだってった。でもから考えたら、16の娘に全部背負わせてたんだな」
フミは何も言えなかった。
「すまんかった」
母がそう言った、フミは首を横に振った。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 104 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 526 -
完結第22話
大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起
大正11年、北陸の港町。旅回りの朝霧一座が芝居の幕を上げた瞬間、十五人の役者が客席に向かって土下座した。前売りの金は一座に届かず、衣装まで劇場に差し押さえられていたのだ。若い女優・志乃は、失われた金の行方を追い始める。やがて浮かび上がったのは、興行師の隠された借金と劇場主の不自然な勘定。さらに再起を懸けた公演を前に、看板役者が台本を持って姿を消してしまう。芝居も仲間も失いかけた志乃は、自分たちの手で新しい幕を開けようと決意する。時代|歴史|昭和2.8万字5 123 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 743 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 1878 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 378 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 357 -
完結第20話
昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女
昭和34年、青森から集団就職列車で上京した15歳の澄子。しかし迎えの男は、「佐藤澄子は昨日から働いている」と告げ、十二人のうち彼女だけを駅に置き去りにする。 工場では、石川鈴という少女が澄子の名前と勤務番号を与えられていた。さらに偽造された退職届、説明のない給与控除、未発送の手紙など、少女たちを名前と番号で管理する不正が次々と明らかになる。時代|歴史|昭和2.8万字5 1240 -
完結第16話
昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由
十五歳で大工に弟子入りした直人は、一年間、掃除と雑用ばかりの日々を送っていた。ところが昭和五十三年の春、厳格な棟梁・源造から突然、「今日から毎晩残れ」と命じられる。 鉋、墨付け、仕口、図面。三年かけて覚えるはずの技を急いで教え込まれる一方、棟梁の体は日に日に弱っていく。やがて直人は、夜の稽古が自分を酷使するためではなく、残された時間で技術を託すためだったと知る。 師のいない現場で家を完成させた直人に遺されたのは、「半人前」と書かれた道具箱。しかし、その紙の下には、棟梁が生涯口にしなかった本当の言葉が隠されていた。時代|歴史|昭和2.6万字5 306 -
完結第16話
昭和24年、帰還した夫の家に別の夫がいた
戦地から四年ぶりに帰還した清太を待っていたのは、妻・文子と見知らぬ夫、そして二人の幼い娘だった。「ここはもう私たちの家です」と告げられ、清太は自分が死者として扱われていたことを知る。 出征直前、文子の胎内にいた息子・浩はすでに八歳。しかし浩は母のもとではなく、山村の伯母夫婦に育てられていた。妻も家も息子も取り戻したい清太だったが、彼のいない四年間にも、それぞれが生き延びるために築いた暮らしがあった。 実父の清太、母と暮らす政男、自分を育てた伯父。三人の「父」を持つ浩を前に、清太は家族が奪い返すものではないと気づいていく。時代|歴史|昭和1.4万字5 240