"帰った家に、知らない親子がいた" 第5話
番も違っていない。
それなのに、そこに佐野はなかった。
代わりに見らぬ名字がある。
正は戸を叩いた。
しして、から30代くらいの女性が顔をした。
痩せていた。
着物の袖も擦り切れている。
そのろから、7歳ほどの女がこちらを覗いた。
「何でしょう」
女性が聞いた。
正は迷わず言った。
「ここ、佐野のですよね」
女性の顔から表が消えた。
「……あなた」
何か言いかけて止まった。
「佐野さんの?」
「息子です」
正は胸を張った。
言えば全部元に戻る気がした。
佐野の息子が帰ってきた。
だったら、ここにいるはていくはずだ。
だが女性は黙ったままだった。
正はのを覗いた。
らない布団。
らない鍋。
らない茶碗。
にかかったさな鍋から、湯気ががっていた。
らない族が、自分のがあった所で飯を炊いている。
その景を見た瞬、正のので何かが弾けた。
「てって」
女性が目を見いた。
「え?」
「ここ、僕のだから」
ろにいた先が正の肩を掴んだ。
「正君」
「だって、そうでしょ!」
正は振り払うように肩をかした。
「僕は帰ってきたんだ!」
声がきくなる。
「戦争が終わったら帰ってくるって、お母さんが言ったんだ!」
女が怯えたように女性の袖を握った。
それを見て、正はますます腹がった。
なぜ、その子がそこにいるのか。
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なぜ自分の母親ではない女が、ここで暮らしているのか。
「棒!」
言葉がびした。
女性の顔がくなった。
しかし鳴り返さなかった。
「違う」
それだけ言った。
女性の名は吉田菊。
夫は征したまま戻っていなかった。
娘の千鶴と2で、3の空襲をき延びた罹災者だった。
もともとのは、そこから数町れた所にあった。
そのも焼けた。
終戦、京には帰るを失ったが溢れていた。
主がくなったのか、の持ち主がどこへったのか、すぐには分からない所もかった。
焼け残った基礎のへ、どこからか拾ってきた板を置く。
倒れた柱をてる。
トタンでを防ぐ。
町会の世話で、そうしたさなバラックが次々に建てられていた。
菊も、娘を連れてめる所を探し続け、その末にここへ来たのだった。
「だからって、ここじゃなくてもよかっただろ」
正は言った。
菊は答えなかった。
その沈黙が、正には何より腹たしかった。
「お父さんとお母さんは?」
正が聞くと、菊の目がわずかに揺れた。
「らないの?」
「らないから聞いてるんだよ」
菊はしばらく正を見つめた、静かに戸をいた。
「へ入りなさい」
「僕のだよ」
そう言い返しながらも、正はへ入った。
と呼べるものは、焼け跡のに板を並べただけだった。
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壁には隙があり、のが細く入っている。
正がっているの面は、どこにもなかった。
台所も。
柱も。
自分の部も。
すべて消えていた。
菊は部の隅へき、さな箱を持ってきた。
蓋をける。
から黒く焦げた片を取りした。
正は、それを見た瞬に息を呑んだ。
半分焼けている。
しかし文字は読めた。
「佐野」
の表札だった。
正は奪うように受け取った。
「これ……」
指で焦げた部分を触る。
「どうして持ってるの」
菊は正をまっすぐ見た。
「あなたのお母さんにもらったから」
正は顔をげた。
胸の奥が急にたくなった。
「母ちゃんに?」
菊はゆっくり頷いた。
「310の夜に」
昭20310。
京の空を覆ったは、菊の記憶から度も消えたことがなかった。
夫は征だった。
にいたのは、菊と幼い千鶴の2だけ。
最初の爆撃が始まった、菊は千鶴を起こし、用してあった荷物を背負った。
「お母ちゃん、怖い」
「丈夫。をしちゃ駄目よ」
へたには、すでにあちこちでががっていた。
のがに乗り、根から根へんでいく。
々は布団をからかぶり、荷物を捨てながらった。
「川の方へ!」
「こっちは駄目だ!」
叫び声が交差していた。
菊は千鶴のを引いてった。
しかし途で千鶴が転んだ。
「痛い!」
菊は娘を抱き起こした。
そのにも煙が濃くなった。
目がけられない。
息を吸うと喉が焼けるように痛かった。
「千鶴!」
返事はある。
だががかない。
菊自も咳き込み、そのへしゃがみ込んだ。
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