"帰った家に、知らない親子がいた" 第9話
「また引っ越しか」
千鶴が言った。
正は笑った。
「今度は疎じゃないけどな」
「正兄ちゃん、どこにむの?」
「仕事にいところ探すよ」
菊は、しれた所へ移ることになった。
千鶴も緒だった。
3で暮らしたが終わる。
そのことに正は、なほど寂しさをじた。
取り壊しの。
荷物を全部した、正は戸にった。
このを最初に見た、「棒」と叫んだ。
自分のを奪われたとった。
けれど今は、ここで何も暮らした。
腹を空かせた。
喧嘩した。
笑った。
母の話を聞いた。
正は柱の横に置いてあった古い箱から、焦げた表札を取りした。
「佐野」
文字はまだ読めた。
千鶴が隣へ来た。
「持っていくの?」
「うん」
「しいに掛ける?」
正は首を振った。
「これはもう、の表札じゃないから」
千鶴は首を傾げた。
「じゃあ何?」
正はし考えた。
「帰ってきた所」
それ以うまく説できなかった。
父と母がいたは消えた。
そのに建ったバラックも、今なくなる。
所も変わる。
図の形も変わる。
それでも正にとって、あそこは帰ってきた所だった。
戦争が終わって、最初に自分の過と向きった所。
母の最をった所。
しい暮らしを始めた所。
取り壊しが始まると、正はしれたところから見ていた。
柱が倒れる。
トタンがされる。
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何も暮らしたが、わずかなで形を失っていく。
議と泣かなかった。
今度はっていた。
がなくなっても、そこできたまで消えるわけではない。
それから何も経った。
正はとして働き続けた。
数え切れないほどのを建てた。
さな平。
と居が緒になった。
子ども部のある。
婚夫婦が初めて暮らす。
現で若い職へ指示をすになっても、柱をてる瞬だけは自分の目で確かめた。
正も結婚した。
子どもがまれた。
いつのにか、自分が父親になっていた。
川の町もきく変わった。
焼け跡だった所には建物が並んだ。
は広がり、昔のは消えた。
かつて佐野があった番も変わった。
正が11歳の頃に覚えた所を言っても、もう若いには通じなかった。
ある。
成した息子が押し入れの奥を片づけていた。
「父さん、これ何?」
持ってきたのは古い箱だった。
正は聞から顔をげた。
息子が箱をける。
には、黒く焦げたの表札が入っていた。
「佐野っていてある」
「昔の表札だ」
「うちの?」
「昔のな」
息子は興そうに裏返した。
「事?」
正はし考えた。
「空襲だ」
息子のが止まった。
正は、これまで族へ戦争のことを詳しく話したことがなかった。
疎したこと。
が焼けたこと。
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両親が方になったこと。
断片には話した。
だが、自分が帰ってきたのことを、最初から最まで話したことはなかった。
「はどこにあったの?」
息子が聞いた。
正は窓のを見た。
正確な所を説しようとした。
昔の米。
呂。
菓子。
柱。
だが、どれも今はない。
も変わった。
番も変わった。
「今のどこなんだろうな」
正は笑った。
「分からないの?」
「昔の所は分かる。でも、昔のままじゃない」
息子は焦げた表札を見た。
「それで、この表札だけ残ったんだ」
「そうだ」
「誰が持ってたの?」
正はし黙った。
そして言った。
「帰ってきたら、らない親子がんでた」
息子は目を丸くした。
「え?」
「俺が疎してるにが焼けてな。戦争が終わって戻ったら、同じ所にバラックが建ってた」
「それで?」
「らない母親と女の子がんでた」
「追いしたの?」
正は笑った。
「最初は、そのつもりだった」
「本当に?」
「棒って鳴った」
息子が驚いた顔をする。
正は表札をに取った。
指で焦げた縁を撫でた。
何経っても、はあの夜のを残しているように見えた。
「そのが、この表札を持ってたんだ」
「どうして?」
「母さんが預けた」
息子は黙った。
正は、ゆっくり話し始めた。
疎列へ乗った。
母が着へ所を縫いつけたこと。
父が「何があっても帰ってこられる」と言ったこと。
野の寺。
届かなくなった葉。
310の空襲。
戦争が終わって京へ戻ったこと。
迎えに誰も来なかったこと。
所を頼りに川へ向かったこと。
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