"米はあるのに、田を売った" 第6話
それでも自分で稼いだを受け取ったは嬉しく、額だがへ送ると記されていた。
封筒には、本当にいくらかのが入っていた。
源蔵はいそれを見つめた。
「こんな、使えるか」
そう言ったが、太の薬代が必になると、結局そのを使った。
その夜、源蔵はお糸への返事を何度もき直した。字をくことに慣れていないためいだったが、最に〈無理をするな。は送らなくていい〉と記した。
しかし次のにも、お糸はを送ってきた。
米ではなく、がを支える代になっている。
源蔵はそれを、娘の封筒からいらされた。
庄吉はに残った。父と同じように田へて、朝はを見て、昼はを取り、には稲を刈った。だがの仕事が終わると、以より頻繁に町へりるようになった。
最初、源蔵は息子が遊びにているとっていた。ところが庄吉は酒へくのでも博打を覚えたのでもなく、松井の米へ顔をし、米の値段がどう決まるのかを教わっていた。どこので豊作だったか、の運賃はいくらか、別の町ではどの程度の値がついているかを帳面へき取っていたのである。
それをった源蔵は激した。
「百姓が米の値段ばかり気にしてどうする」
庄吉は父を見た。
「じゃあ、いつ売ればいいんだよ」
「取れたら必な分を売ればいい」
広告
「、それでいに9俵も売っただろ」
源蔵は言葉に詰まった。
庄吉は責めるつもりで言ったわけではなかった。だが米を作ることしからないままでは、これから同じことが繰り返されるという焦りがあった。父が田を守りたいなら、自分はせめて売り方を変えなければならないとっていた。
「お父ちゃんが言ったんだろ。米を作るだけじゃ駄目な世のになったって」
源蔵はその言葉を聞くと、鳴るのをやめた。
自分が何げなくにした言を、息子は自分以に真剣に受け止めていた。
庄吉は松井から相の見方だけでなく、米の保の仕方や売る期による違いも聞いた。収穫した直はくの農が斉に米を売るため値ががりやすく、先まで持てる農ならし待った方がく売れることもある。だが税の納期限や活費が迫れば、値がりを待つ余裕はない。
つまり、米価だけを見ても駄目だった。
のにどれだけ現があり、いつまで米を置いておけるかを考えなければならない。
庄吉はの農数軒にも声をかけた。各が量ずつ別々に町へ運ぶより、まとまった量を度に運べば、荷の費用を抑えられるかもしれないと考えたのである。最初は若造のいつきだと笑われたが、米価のさに困っていた数軒が試しに乗ってきた。
広告
父の源蔵は最まで渋った。
「商の真似事をするために百姓をやってるんじゃない」
庄吉は笑わず答えた。
「商になりたいんじゃない。百姓を続けたいんだよ」
その言で、源蔵は黙った。
翌の、庄吉たちは5軒分の米をまとめて町へ運んだ。松井だけでなく別の商にも値を聞き、条件の良い方へ売ったことで、よりしい値がついた。差は俵ごとに見ればわずかだったが、全体では族がひと暮らせるほどのになった。
源蔵はばなかった。
だが帰宅した庄吉が帳面を見せると、何度も数字を確認した。
「この値は、どうやって聞いた」
「昨、隣町から来た商に聞いた」
「運賃は」
「5軒で割った」
「売らずに残した米は」
「まで持たせる」
源蔵はそれ以何も言わず、帳面を返した。
数、庄吉が町へようとすると、背から父の声がした。
「今の米の値も見てこい」
庄吉は瞬ち止まった。
振り返ると、源蔵は田の方を向いたままだった。
庄吉はし笑い、「分かった」と答えた。
それが、父が初めて相を気にしただった。
源蔵はしずつ庄吉のやり方を受け入れ始めた。だからといって、昔の考えをすべて捨てたわけではない。田に入ればの音だけで異変を察し、を握れば今の作柄を言い当てることに誇りを持っていたし、百姓の本分はあくまで良い米を作ることだという信も変わらなかった。
ただ、庄吉が町から持ち帰る話を聞くようになった。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
帰った家に、知らない親子がいた
昭和19年、東京・深川に暮らす11歳の佐野正一は、母に見送られて長野の寺へ集団疎開する。 「戦争が終わったら、またここへ帰ってくるんだから」 その言葉を信じ、正一は疎開先で家族からの便りを待ち続けた。けれど昭和20年3月、東京を襲った大空襲のあと、母からの葉書は一枚も届かなくなる。 終戦後、ようやく深川へ戻った正一を待っていたのは、見覚えのある町ではなかった。焼け跡、消えた目印、変わり果てた道。そして、かつて自分の家があった場所には、見知らぬ母娘が暮らす粗末な小屋が建っていた。 「ここ、僕の家です」 そう訴える正一に、女は一つの焦げた表札を差し出す。そこには、確かに「佐野」と書かれていた。 なぜこの女は、佐野家の表札を持っていたのか。 正一の母は、あの夜、何を託したのか。 これは、戦争で家も家族も失った少年が、“本当に帰る場所”の意味を知っていく物語。時代|昭和1.5万字5 241 -
完結第11話
姉の代わりに嫁いだ私
大正14年、京都の呉服商「松木屋」で、18歳の志津は父から残酷な命を受ける。 亡くなった姉・千代の代わりに、姉の婚約者だった宗一郎と結婚しろ――。 姉の葬儀からまだ12日。悲しみも癒えないまま、志津は家の借金と跡取り問題のために、自分の人生を差し出されることになる。 望まれない祝言、姉と比べられる日々、傾きかけた店。そして、夫となった宗一郎もまた、家のために夢を諦めた人だった。 やがて志津は、亡き姉が隠していた一通の手紙を見つける。 そこに書かれていたのは、姉が最後まで抱えていた本音と、志津の人生を大きく変える言葉だった。 「姉の代わり」として嫁いだ娘が、時代と家に縛られながらも、自分の生き方を選び直していく物語。時代|歴史1.6万字5 226 -
完結第11話
2本のさつま芋
「母ちゃんが、闇米を買っています」 昭和24年、14歳の正夫は、自分の母を交番へ突き出した。 父を戦争で亡くし、幼い弟妹を抱えながら必死に働く母。けれど正夫は、学校で教えられた「闇取引は悪いこと」という言葉を信じていた。 翌日、警察が家に来た。米袋を調べられ、母は事情を聞かれることになる。玄関で泣きじゃくる妹。母の袖をつかむ幼い弟。そして、最後に正夫を見つめた母は、怒鳴ることも責めることもなく、ただ一言だけ残した。 「弟たちを頼むね」 その夜、台所には食べ物がほとんど残っていなかった。 正しいことをしたはずなのに、なぜ家族は泣いているのか。 空腹の夜を越えた正夫は、初めて気づくことになる。 自分が守った「正しさ」は、誰を救い、誰を傷つけたのか――。時代|昭和1.7万字5 2676