"米はあるのに、田を売った" 第7話
隣で虫がたとか、の方ではが続いて米の来が悪いらしいとか、今はに値ががりそうだとか、昔なら「百姓に関係ない」と切り捨てていた報を聞くようになった。
ある晩、庄吉が帳面を広げ、今の米をどれだけ売るか父と相談していた。源蔵は蔵に残す糧、税に必な、肥料代、太の学用品まで順番にきさせた。以ならのだけでやっていた計算を、今ではの入りまで含めて考えるようになっていた。
トヨはそんな父子を見ながら、々笑った。
「は帳面なんか見たら眠くなるって言ってたがねえ」
源蔵は嫌そうに「うるさい」と返したが、帳面から目をさなかった。
その頃、お糸は製糸で3目を迎えていた。仕事には慣れ、しばかりもがり、へ送るも以より増えた。には町で覚えた言葉や、同じで働く娘たちの話がかれており、をた頃より文章もずっとくなっていた。
あるに、お糸は「いずれ自分で裁縫の仕事をしたい」といていた。
源蔵はその部分を何度も読み返した。
以なら「女がで何をする」と笑ったかもしれない。
だが今は、娘が現を稼いでを助け、自分たちがらない世界で暮らしていることをっている。源蔵は返事に〈体を壊さぬように〉とだけき、については賛成とも反対とも記さなかった。
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それが源蔵なりの譲歩だった。
方、売った川向こうの田は松井の所になったも変わらず米を実らせていた。松井自が耕すわけではなく、隣の作に任せていたため、源蔵がを通ると見らぬ若い男がその田に入っていることもあった。
最初の頃、源蔵はその景を見るたび胸が痛んだ。
畦の作り方が違えば直したくなり、の引き方が悪ければをしたくなる。それでも自分のではない以、黙って通り過ぎるしかなかった。
庄吉はある、父に尋ねた。
「買い戻したいとうか」
源蔵はすぐには答えなかった。
「があればな」
「じゃあ、貯めよう」
源蔵は息子を見た。
庄吉は冗談ではなく本気だった。
「何かかるか分からない。でも残った田でちゃんと稼いで、余ったを貯めればいい」
源蔵はしばらく黙り、やがて首を振った。
「無理して取り戻す必はない」
庄吉は驚いた。
数まで、自分の代で先祖の田を失ったことをあれほど悔やんでいた父の言葉とはえなかった。
「どうして」
「田を取り戻すために、また族を苦しめたら同じことだ」
源蔵は川向こうへ目を向けた。
「残った田を守れれば、それでいい」
その言葉に、庄吉は父が本当に変わり始めていることをじた。
守るものはの枚数ではない。
族がそのでき続けられることなのだと、源蔵自もようやく理解し始めていた。
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庄吉が25歳になる頃には、の農10軒ほどが米をまとめて売るようになっていた。まだきな組織と呼べるほどではなかったが、町へく荷を共同でし、誰かが複数の商から値を聞いてくる仕組みができていた。なくとも、ごとに言われるままの値段で売ることは減った。
庄吉は若い農民たちから相談されることも増えた。どの商が今いくらで買っているか、まで置いた方がいいか、税のために今売るべきか。庄吉もすべて分かるわけではなかったが、自分で決めず、松井や別の商へ聞くようにしていた。
源蔵はそんな息子を誇らしいともだとも言わなかった。
ただ、田仕事についてだけは以より厳しくなった。
「値段のことばかり考えて、米をまずくしたら本末転倒だ」
ある、苗の様子を見ながらそう言うと、庄吉は笑った。
「分かってるよ」
「分かってる顔じゃない」
「じゃあ今のは、お父ちゃんに任せる」
源蔵はを鳴らした。
父と息子は、同じ百姓でありながら違うものを見ていた。
源蔵は空を見てを考え、庄吉は町の帳面を見て値段を考える。源蔵は稲の葉のを見て肥料を調し、庄吉は税と活費から売る俵数を決めた。
どちらか方だけでは、は続かなかった。
そのの、お糸が久しぶりにへ帰ってきた。
町で働き始めた頃より顔つきがびており、着物も自分で買ったし洒落たものを着ていた。
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