"米蔵を開けた娘" 第8話
聞きながら、蔵を閉じようとした。
その苦しさを、千代は初めて理解した。
翌朝。
の格子戸がいた。
昨までとは違い、先には町内会から渡された案内が貼られていた。
廉売のため、販売量には限りがあること。
順番を守ること。
1が買える量も決められていること。
のには、からが集まっていた。
の騒ぎをいし、千代の胸には緊張がった。
佐吉も表がい。
「今は丈夫でしょうか」
「町内会のも来る」
徳蔵が言った。
「うちだけでやるんやない」
確かに、通りの端には町内の役の者がっていた。
の米も同じように廉売を始めるため、々が1つのへ集しないよう案内していた。
それでものには列ができた。
昨より静かだった。
徳蔵は自分で先へた。
「ずつお願いします」
客たちへをげた。
「あんたんとこ、昨警察呼んだやろ」
列のから女が言った。
徳蔵は瞬だけ黙った。
「呼びました」
「何でや」
「けがそうになったからです」
徳蔵は言い訳をしなかった。
「今は町内で決めた形で売ります。量は限られますけど、それでお願いします」
女は何も言わなかった。
やがて列がき始めた。
千代は帳へ座った。
昨のように自分で値段を決めることはしない。
父と町内会が決めた価格で、決められた量だけ売る。
広告
さな米袋を受け取った老婆が、千代へをげた。
「助かるわ」
千代もをげ返した。
「ありがとうございます」
昨と同じ「ありがとう」という言葉だった。
それでもじ方が違った。
昨は、自分がを救っているような気持ちになっていた。
今は違う。
だけでは何もできない。
町内の米。
問。
で働く者。
列を理する者。
皆がしずつ負担しなければ続かない。
そして々が求めているのは、今だけの米ではない。
も。
来週も。
来も。
べるものが必なのだ。
廉売を始めても、の経営が楽になったわけではなかった。
むしろ利益はほとんどなくなった。
通常よりくす分が増え、仕入れ値はいまま。
徳蔵は毎晩遅くまで算盤を弾いた。
奉公のがづいた夜。
佐吉が配そうに尋ねた。
「旦さん、今、丈夫なんですか」
「何がや」
「です」
徳蔵はし黙った。
「払う」
「でも……」
「おらの族も待っとるやろ」
徳蔵はそれだけ言った。
その、徳蔵は自分の貯を崩した。
千代はそれをになってった。
父はを守ると言っていた。
それは単に自分の財産を守るというではなかった。
ここで働く者の暮らしも含めて「」だったのだ。
それでも徳蔵自も変わっていった。
以なら帳に座ったまま値段を伝えていた客へ、自分から声をかけるようになった。
広告
「今はこれだけでりますか」
「、何やったな」
そんなことを聞くようになった。
だからといって、特別扱いして好きなだけ米を渡すわけではない。
買えない客へただで配るわけでもない。
無理をすれば、が続かない。
その線は守った。
だが、客の顔を見るようになった。
千代にもそれが分かった。
ある朝。
以、背に赤ん坊を背負い、5歳ほどの男の子を連れてきた母親が再びへ来た。
男の子は今も母親の袖を握っていた。
「お母ちゃん、今はいっぱいべられる?」
千代はわずを止めた。
母親は以と同じように笑った。
けれど今度は、しだけ違った。
「今はよりべられるよ」
男の子が嬉しそうに笑った。
徳蔵は帳の奥から、その親子を黙って見ていた。
母親がをた、千代は父へ言った。
「見てたやろ」
「何を」
「今の子」
「仕事せえ」
徳蔵は素っ気なく答えた。
だが、算盤を弾くはしばらく止まったままだった。
正7のは、にとって忘れられないになった。
米の値段は簡単には落ち着かなかった。
各で々が集まり、商へ押しかける騒ぎが続いた。
警察がした域もあった。
さらにきな騒ぎになり、軍隊がたという話まで阪へ伝わった。
のくでも、々のはすぐには消えなかった。
廉売を始めたからといって、貧しい庭が突然楽になるわけではない。
米以の物価もがっていた。
だけが同じように増えるわけでもない。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
米はあるのに、田を売った
明治6年、信州の小さな村に新しい税の知らせが届いた。 これまで米で納めていた年貢は、これから「金」で納めることになるという。百姓の源蔵は、米を売れば払えるはずだと考えていた。田はあり、家族も働き、蔵には米俵も積まれている。何も変わらないように思えた。 しかし豊作の秋、源蔵は思い知らされる。 米はある。けれど、税を払う金が足りない。 土地には値段がつき、米にも値段がつき、農家の暮らしは少しずつ追い詰められていく。やがて源蔵は、祖父の代から守ってきた田を一枚売る決断を迫られる。 「米を作るだけじゃ、駄目な世の中になったんだ」 父がその言葉を口にした日、息子も娘も、それぞれの人生を選び始める。 明治という新しい時代の波が、一軒の農家に突きつけた残酷な現実とは――。時代|歴史1.4万字5 57 -
完結第10話
帰った家に、知らない親子がいた
昭和19年、東京・深川に暮らす11歳の佐野正一は、母に見送られて長野の寺へ集団疎開する。 「戦争が終わったら、またここへ帰ってくるんだから」 その言葉を信じ、正一は疎開先で家族からの便りを待ち続けた。けれど昭和20年3月、東京を襲った大空襲のあと、母からの葉書は一枚も届かなくなる。 終戦後、ようやく深川へ戻った正一を待っていたのは、見覚えのある町ではなかった。焼け跡、消えた目印、変わり果てた道。そして、かつて自分の家があった場所には、見知らぬ母娘が暮らす粗末な小屋が建っていた。 「ここ、僕の家です」 そう訴える正一に、女は一つの焦げた表札を差し出す。そこには、確かに「佐野」と書かれていた。 なぜこの女は、佐野家の表札を持っていたのか。 正一の母は、あの夜、何を託したのか。 これは、戦争で家も家族も失った少年が、“本当に帰る場所”の意味を知っていく物語。時代|昭和1.5万字5 259 -
完結第11話
姉の代わりに嫁いだ私
大正14年、京都の呉服商「松木屋」で、18歳の志津は父から残酷な命を受ける。 亡くなった姉・千代の代わりに、姉の婚約者だった宗一郎と結婚しろ――。 姉の葬儀からまだ12日。悲しみも癒えないまま、志津は家の借金と跡取り問題のために、自分の人生を差し出されることになる。 望まれない祝言、姉と比べられる日々、傾きかけた店。そして、夫となった宗一郎もまた、家のために夢を諦めた人だった。 やがて志津は、亡き姉が隠していた一通の手紙を見つける。 そこに書かれていたのは、姉が最後まで抱えていた本音と、志津の人生を大きく変える言葉だった。 「姉の代わり」として嫁いだ娘が、時代と家に縛られながらも、自分の生き方を選び直していく物語。時代|歴史1.6万字5 299 -
完結第11話
2本のさつま芋
「母ちゃんが、闇米を買っています」 昭和24年、14歳の正夫は、自分の母を交番へ突き出した。 父を戦争で亡くし、幼い弟妹を抱えながら必死に働く母。けれど正夫は、学校で教えられた「闇取引は悪いこと」という言葉を信じていた。 翌日、警察が家に来た。米袋を調べられ、母は事情を聞かれることになる。玄関で泣きじゃくる妹。母の袖をつかむ幼い弟。そして、最後に正夫を見つめた母は、怒鳴ることも責めることもなく、ただ一言だけ残した。 「弟たちを頼むね」 その夜、台所には食べ物がほとんど残っていなかった。 正しいことをしたはずなのに、なぜ家族は泣いているのか。 空腹の夜を越えた正夫は、初めて気づくことになる。 自分が守った「正しさ」は、誰を救い、誰を傷つけたのか――。時代|昭和1.7万字5 2965