"日本人に戻れた父、戻れなかった娘" 第1話
昭27428。
岡県のさな町にあるきりの借で、朝からラジオの音が流れていた。茶箪笥のに置かれた古いラジオのに、宗郎は正座したまま座り込み、何度もじろぎしながら放送へを傾けていた。
台所では妻が噌汁を温め、20歳になった娘の美津子は、さなちゃぶ台に箸を並べていた。
放送では、講条約が発効し、本が再び独国として歩み始めるという話が繰り返されていた。
宗郎はほとんど瞬きもせず、それを聞いていた。
かった戦争が終わってから、すでに何も経っている。それでも宗郎にとって、あのまでの本はまだ「戦争が完全に終わった国」ではなかった。
放送が終わると、宗郎はきく息を吐いた。
そして膝を度、く叩いた。
「終わったな」
台所にいた母が振り向いた。
「何が?」
宗郎はし笑った。
その笑顔は、美津子がここ数ほとんど見たことのないものだった。
「戦争がだよ」
そう言ってから、宗郎はもう度ラジオへ目を向けた。
「やっと本当に終わった」
母もを止め、ほっとしたように微笑んだ。
宗郎は娘へ振り返った。
「これで俺たちも、ようやく本に戻れたようなもんだ」
母は何も言わず頷いた。
しかし美津子だけは、笑わなかった。
噌汁のに浮かんでいる根を箸でゆっくりかしながら、俯いている。
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宗郎は最初、それに気づかなかった。
だが事が始まっても娘がをかないので、やがて眉を寄せた。
「なんだ。嬉しくないのか」
美津子は返事をしなかった。
「本がまた、自分の国としてやっていけるんだぞ」
宗郎の声には、びだけでなく、娘にも同じ気持ちを分かってほしいといういがあった。
しばらくして、美津子がさく言った。
「お父さんにとっては、そうなんだね」
宗郎の笑顔が消えた。
「どういうだ」
美津子は顔をげた。
何も胸のに押し込めてきたものが、今朝の父の言でき始めていた。
「私、戻ってきたってったこと、度もないから」
茶のから音が消えたようだった。
母が噌汁の椀を持ったまま、美津子を見た。
宗郎は眉にい皺を寄せた。
「本へ帰ってきたんだぞ」
「お父さんはね」
「何?」
美津子は度唇を結んだ。
「私は、本に帰ってきたんじゃない」
宗郎は娘の顔を見つめた。
美津子は静かに続けた。
「初めて来たの」
その言葉を聞いても、宗郎はすぐには反論できなかった。
美津子は昭7、満州の奉でまれている。
父が本をれたのは、そのしだった。
若かった宗郎は、親戚から「向こうなら仕事がある」と聞き、陸へ渡った。
最初は商社の倉庫で働いた。
荷物を運び、帳簿をつけ、頼まれれば夜遅くまで残った。
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やがてしずつを貯め、さな雑貨を始めた。
商売が形になった頃、妻を呼び寄せた。
そして美津子がまれた。
美津子にとって、幼い頃の「」は本ではなかった。
になると、へた瞬に息がくなるほど寒かった。
炭を焚く匂いが町のあちこちに漂っていた。
は広く、空もきく見えた。
所には本のもあれば、国のもあった。
学へく途には菓子があり、母とへけば、の声とべ物の匂いが混ざりっていた。
父のの裏にはさな庭があった。
になれば、そこへしだけがえた。
美津子にとっては、そのつつが当たりの景だった。
宗郎からは、何度も聞かされていた。
「俺たちは本だ」
図を広げ、本の位置を指差されたこともある。
「岡に、おのおじいちゃんのがある」
けれど子どもの美津子には、その岡というは、の向こうにあるらない所でしかなかった。
父の故郷ではあっても、自分の故郷だとじたことはなかった。
昭20、戦争が終わった、美津子は13歳だった。
そのから、町の空気は急に変わった。
昨まで普通にいていた父のは閉められた。
母はでへることを怖がるようになった。
のでは、持っていく物と置いていく物を分ける作業が始まった。
具を放した。
類を減らした。
宗郎は切にしていた商売の帳簿まで処分した。
夜、美津子が寝るに、父が言った。
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