"日本人に戻れた父、戻れなかった娘" 第2話
「本へ帰るぞ」
美津子はが分からず、すぐに聞き返した。
「いつ戻ってくるの?」
宗郎は答えなかった。
美津子はもう度聞いた。
「このには?」
父はしばらく黙った、い声で答えた。
「もう戻らん」
その、美津子は初めて声をげて泣いた。
「嫌だ」
宗郎は険しい顔になった。
「何を言ってるんだ」
「本へ帰れるんだぞ」
美津子は首を振った。
「帰るんじゃない」
涙を拭いながら、必に言った。
「ここがなの」
次の瞬、宗郎のがいた。
美津子の頬を、度だけ叩いた。
部が静まり返った。
母も、宗郎も、美津子も何も言わなかった。
その度の平打ちについて、父と娘が話すことは、その何もなかった。
そして昭27428の朝。
20歳になった美津子は、7と同じことをもう度父へ伝えていた。
自分にとって「帰る」という言葉は、父とは違うを持っていた。
引き揚げので、はくの物を失った。
何でも持っていけるわけではなかった。
むしろ持てる物の方がなかった。
母は切にしていた着物を何枚も置いていった。
鍋も、具も、器も、ほとんど残した。
美津子は学で撮った写真を持っていこうとした。
友達と並んで写っている、何でもない写真だった。
端の方につ美津子は笑っていて、隣にはいつも緒に帰っていた友がいた。
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布に包んで荷物へ入れようとすると、宗郎が見つけた。
「それは置いていけ」
「でも」
「写真よりべ物を入れろ」
美津子は写真を握りしめたまま、しばらくかなかった。
父がもう度言った。
「荷物は増やせん」
結局、美津子は写真を置いた。
何を残し、何を持っていくのかを決めるたび、自分の活がしずつ削られていくようだった。
最に美津子が持てたのは、さな布袋つだった。
に入れられた物も、それほどくはなかった。
族が本へ着いた、宗郎はから見える陸を見て泣いた。
「帰ってきた」
何度もそう言った。
母も泣いた。
周りにいたたちのにも、同じように泣いているがいた。
「本だ」
「帰ってきたんだ」
そんな声があちこちから聞こえた。
その、美津子は14歳になっていた。
彼女は泣かなかった。
らない港を見ながら、ただ黙ってっていた。
父にとっては故郷だった。
母にとっても、帰ってきた国だった。
だが美津子には、目のにある建物も、も、港の匂いも、何つ記憶がなかった。
待っている友達はいない。
自分の机もない。
窓から見えるいつもの景もない。
「ここが本だ」
そう言われても、実は湧かなかった。
自分の国だと言われても、自分の暮らしがあった所ではなかった。
岡へ戻ったは、宗郎の兄を頼った。
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だが戦の暮らしは、誰にとっても余裕のあるものではなかった。
宗郎の兄にも、自分たちの活があった。
引き揚げてきた弟をく養うことなどできない。
宗郎はもなく、さな借を探した。
しかなかった。
それでも父は、根があって族3で眠れるだけましだと言った。
仕事も最初からやり直しだった。
陸ではさいながら自分のを持っていた宗郎も、岡では雇いの仕事から始めた。
母はで縫い物をした。
しでも計のしになるよう、頼まれた着物の直しや繕いを引き受けた。
美津子も学へ戻った。
そこで彼女は初めて、自分が周囲からし違って見られていることをった。
「満州から来た子」
最初は、それだけだった。
悪のない子もかった。
珍しかったのだろう。
休みになると、何かが美津子の周りへ集まった。
「向こうって、どんなところ?」
「国語しゃべれるの?」
「馬に乗って学ってたの?」
美津子は困りながらも笑って答えた。
「馬ではかないよ」
それを聞いて、周りの子たちは笑った。
そんな会話なら、美津子も嫌ではなかった。
けれど、ときどきに入る言葉があった。
「満州帰りは気がい」
「引揚げのって、何も持ってないらしいよ」
「親戚がどこまで本当の親戚か分からないんだって」
誰が言ったのか分からないこともあった。
廊ですれ違った。
教のろ。
へ帰る途。
聞こえないふりをしても、言葉だけはに残った。
美津子はしずつ、自分から奉の話をしなくなった。
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