"日本人に戻れた父、戻れなかった娘" 第5話
母がさく名を呼んだ。
「美津子」
だが美津子は止まらなかった。
今言わなければ、また何もにできなくなる気がした。
「私は向こうでまれた」
「13歳まで向こうで育った」
「友達もいた」
「学もあった」
「もあった」
宗郎の顔が張った。
美津子は父から目を逸らさなかった。
「戦争が終わったからって、全部なかったことになるの?」
「本へ来たら、そのから私は岡のになるの?」
宗郎の声がくなった。
「あそこは本じゃない」
美津子の目に涙が溜まった。
「そんなこと分かってる」
宗郎は黙った。
「でも、私の子どもの頃まで本じゃないことになるの?」
「そういうで言ってるんじゃない」
「じゃあ、どういう?」
父は答えなかった。
美津子は、講条約が発効した朝から胸に残っていた言葉をぶつけた。
「お父さんは今、本に戻れたって言ったよね」
「私はいつ本じゃなくなったの?」
宗郎の顔からりが消えた。
代わりに、戸惑いが浮かんだ。
「それとも、いつから本になったの?」
美津子の頬を涙が伝った。
母は何も言えず、両を膝ので握っていた。
「私の故郷は」
美津子は息をえながら言った。
「誰が決めるの?」
宗郎は最まで答えなかった。
その夜、父と娘は夕飯を緒にべなかった。
宗郎は々に奥の部へ入り、美津子は母と向かいってべた。
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翌朝も、2は言葉を交わさなかった。
それまで喧嘩をしても、翌には何となく元へ戻っていた。
だが今回だけは違った。
宗郎は、自分が守ろうとしてきた「本」という言葉そのものを、娘から問い返された。
美津子は、美津子で苦しかった。
父を傷つけたかったわけではない。
ただ自分がきてきた13まで消されるような言葉に、もう黙っていられなかった。
そして、そのに修との縁談も止まった。
から連絡は来なかった。
からも何も言わなかった。
美津子は郵便局へ通いながら、このまま修との関係も終わるのかもしれないとうようになった。
そんな数。
仕事を終えた美津子のへ、修が現れた。
彼はいつもの穏やかな顔ではなかった。
何かを決めてきたような表だった。
「美津子」
「何?」
修は迷わず言った。
「うちをる」
美津子はすぐにはを理解できなかった。
「どういうこと?」
「親が反対するなら、別にむ」
修は真っ直ぐ美津子を見た。
「俺は美津子と結婚したい」
美津子は黙った。
数までなら、その言葉を嬉しいとったかもしれない。
自分を選んでくれたのだとえたかもしれない。
だが今は、胸の奥に別の違がまれた。
「そんなことしてほしくない」
修は驚いた。
「どうして」
「をるなんて」
「じゃあ諦めるの?」
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「そうじゃない」
美津子は首を振った。
修の顔を見ながら、自分が何を嫌だとじているのかを考えた。
本へ来た、美津子には選択肢がなかった。
父から「ここがおの国だ」と言われた。
学では「満州から来た子」と呼ばれた。
周りからは「引揚げの」と見られた。
今度は結婚するために、修が自分のを捨てようとしている。
それではまた、誰かが何かを切り捨てることでしか、自分の居所を作れない。
美津子には、それが嫌だった。
「私はね」
ゆっくり言葉を選んだ。
「もう誰かに居所を決められるのが嫌なの」
修は黙って聞いていた。
「親が決めた本も」
「周りが決めた『引揚げの』も」
「全部嫌だった」
修の表がし変わった。
美津子は続けた。
「それなのに、今度は私と結婚するために修さんがを捨てたら、同じことになる気がする」
「俺が自分で決めることだ」
「分かってる」
「だったら」
「でも逃げるんじゃなくて、ちゃんと話してほしい」
美津子は真剣だった。
「私も話すから」
修はい何も言わなかった。
やがて、さく息を吐いた。
「怖くないの?」
「何が?」
「また何か言われるかもしれない」
美津子はし考えた。
「怖いよ」
正直に答えた。
「でも、隠して結婚したら、ずっと怖いとう」
修は頷いた。
「分かった」
その、美津子は初めてを訪ねた。
修の母・志げと父が座っていた。
美津子は玄関へ入ったから緊張していた。
のひらには汗が滲んでいた。
けれど、回のように誰かから説されるのを待つつもりはなかった。
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